碧草の風

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「八日目の蝉」 第5回

「光の島」

1994年夏、薫は島の言葉を話すようになり、すっかり島の生活になじんでいた。希和子は、そんな薫と一緒にいることの幸せを感じながら暮らしていた。文治は希和子への思いを口にするが、希和子は自分と付き合ってもいいことはないと突き放すだけだった。
希和子はある日、文治が誘ってくれたので、薫を連れて、潮の満ち引きで海にできる道を歩く。ふと、希和子は、文治のような男と幸せに暮らす生き方があったかもしれないと思うが、薫のいない人生は選べないことに気付く。たとえ行き止まりの道でも、薫と一緒にいたいと思う希和子だった。

新聞に、写真コンテストの写真が掲載され、夏祭りのときの希和子と薫の写真が大きく載ってしまう。素麺屋のテーブルではみんなが喜ぶが、希和子は思わずやめてくれと大きな声をだしてしまう。その様子に何かを感じた文治。希和子は、家に帰るとすぐに逃げ出す用意をするが、薫はいやだ、どこにもいかないと泣き始める。希和子の家にやってきた文治は、希和子がここから離れようとしているのを察し、どこにもいかないでくれ、あんたが何をした人でも助けると希和子を抱きしめる。希和子は、その言葉に、ただうなずくだけだった。

島に帰っていた久美は、自分が息子と一緒に暮らしたかったのに、母親が助けてくれなかったことを今でも不満に思っていて、母親と口論になる。久美は、この島に自分の居場所はないといい、東京で再出発すると告げる。久美から母親のことを頼まれた希和子だったが、ずっとこの地にいられるわけではないので返事に窮するが、久美のやり直したいという気持ちを知って、真実を告げられないまま、久美の乗ったフェリーを見送るのだった。

薫の態度と文治の言葉に、もう逃げずに島にとどまることを決意した希和子は、写真館で薫と一緒の写真を撮ってもらい、お寺にでかけては薫と一緒にいられることを願うのだった。寺からの帰り道、薫は拾った蝉の抜け殻を大事にもっていた。蝉は、地上にでてきても、たった7日で死んでしまうなんてという薫に、希和子は、たった7日でも蝉にとっては一生分の人生なのだ、一日一日を感謝して生きているのだと、まるで自分と薫の逃亡生活のように語るのだった。

ある朝、久美の母親から電話がかかってくる。逃げなさいという言葉に、慌てて家を出る希和子と薫。フェリー乗り場に着き、文治も駆けつけてくれたが、希和子は遂に逮捕されてしまう。薫と引き離され、必死に「薫!」と叫ぶ希和子だった。

恵理菜(薫)は、引き離されたときの希和子の手のぬくもりは覚えているのに、希和子が叫んでいた言葉を思い出せないでいるのだった…

「八日目の蝉」というタイトルがずっと気になっていたのだけれど、蝉が地上で生きる日々がたった7日でも、その短い日々でも、充実した日々であったならかけがえのない人生になるという、希和子が薫と一緒にいた日々のことを意味するらしい。 希和子は、稀に8日も生きる蝉がいるといってそれがうれしいことのようにいったのに対して、薫は誰もいなくなって一匹だけ残ったら寂しいだろうといっていた。「8日目」とは、希和子の一日でも長く薫と一緒にいたいという気持ちと、別れたあとの二人のことをいっている気がする。その後の恵理菜を思うと、希和子の犠牲になった可哀想な子どもといえるけれど、誰かにいっぱい愛された記憶が、彼女のどこかに残っていてほしいと思う。
by mint-de | 2010-04-28 15:23 | 日本のドラマ | Trackback
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