碧草の風

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「八日目の蝉」 第6回(最終回)

「奇跡」

2009年、恵理菜(薫)は希和子の事件を取材している千草とともに小豆島へ向かう船の上にいた。
恵理菜は、希和子が逮捕されてから、刑事たちに連れられて両親のもとへ戻った後のことは覚えているのだが、その前の記憶はないという。そして、戻ってからの家での居心地は決していいものではなかったと、千草に語るのだった。島の方言を話す恵理菜に母の恵津子は戸惑い、恵理菜は新しい環境に馴染めず混乱していた。ある日、恵理菜は海を見たくなって家を逃げ出した。追いかけてきた恵津子に「世界一悪い女に誘拐されていたのだ」と聞かされてから、恵理菜は過去は忘れることにしたのだ。

小豆島で希和子が働いていた素麺屋は、おかみさんが亡くなって別の人間が経営していた。希和子と薫のことを覚えている人はいなかったが、恵理菜は希和子とともに訪れた学校や寺、記念の写真を撮った店のことを断片的に思い出すのだった。そして、15年前に撮ってもらった写真がそのまま飾られていた写真館で、店主から当時の様子を聞く恵理菜。帰りのフェリーを待つ間、恵理菜は近くにいた漁師に声をかける。その漁師は文治だった。写真の二人を知っているという文治に、恵理菜は希和子が逮捕されたときに叫んでいた言葉を思い出せないでいる、なんといっていたのか知りたいという。成長した薫を見て驚く文治。そして、希和子と薫は普通の親子だったし、希和子が叫んでいたのは「その子は朝ごはんを食べていないの」だったと話す。文治の話に、希和子の精一杯の、母でありたかった愛情を知って、涙を流す恵理菜。

帰りの船の上で、恵理菜は子どもを産む決意をする。この美しい世界を見せてやりたいと。千草の、お母さんもわかってくれるはずだという言葉に押されて母に電話をする恵理菜。血がつながっていないのにあの人と同じ不倫の子を身ごもったと伝えたときは、怒りをあらわにした恵津子だったが、恵理菜の電話に涙を流しながらうなずくのだった。

岡山港に着いた恵理菜は、港の休憩所で一休みする。その様子を見ていた売店の女。それは希和子だった。希和子は2001年に出所すると、恵理菜の自宅に向かった。窓から見た恵理菜の幸せそうな様子に、希和子は薫あてに書いていた手紙を燃やすのだった。それから各地を転々として岡山港にやってきた。小豆島に行こうと思ったものの、薫がいない島に行ってもしょうがないことに気付いた。それからずっと、港の売店で働いていた。

かつて蝉のぬけがらの話をしたときに、8日目の蝉は誰もいなくなって寂しいと薫はいったけれど、今の希和子は、一日でもいいからより多くの思い出をつくることができる8日目は、やはりかけがえのない一日なのだと思っている。希和子にとって、薫と過ごした日々は、人生でとても貴重で温かさに満ちた日々だったのだ。

希和子は、薫に似た女性を気にしていた。そして彼女が去ったあとで、テーブルに蝉のぬけがらを見つける。薫だと確信した希和子は後を追う。道の向かい側を歩いている恵理菜に向かって、「薫」と呼ぶ希和子。恵理菜はその声に振り向き足をとめる。見詰め合う希和子と恵理菜。しかし、恵理菜はそのまま前を向き去っていった。希和子は、その後ろ姿をただ見つめるだけだった。

法廷で、希和子は秋山夫婦に対して、謝罪ではなく、子育てを経験できたことに感謝の言葉を口にした。希和子にとっては、罪の意識より自分が母になりたいという気持ちのほうが強かったということなのだろう。秋山のほうは自業自得といえなくもないけれど、妻の恵津子は一番の被害者。恵理菜も赤ちゃんのときからとんでもない人生に巻き込まれてしまったけれど、希和子の愛を知ることによって、自分の生き方を見つめなおすことができたのだと思う。だから自分も母になることを選択したのだろう。希和子の行為は許されることではないけれど、希和子の一途な思いに胸を打たれるドラマだった。母になりたいと強く思う女性がいる一方で、子どもを虐待する親がいたりして、いろいろと考えさせられたのだった。
by mint-de | 2010-05-05 14:49 | 日本のドラマ | Trackback
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