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『グレートジャーニー 人類5万キロの旅5』

『グレートジャーニー 人類5万キロの旅5』 聖なるチベットから、人類発祥の地アフリカへ 
(関野吉晴 角川文庫)

「グレートジャーニー」の最終章。
砂漠地帯や悪路、険しい峠道を、ラクダや自転車に乗ったり歩いたり、幾多の困難を乗り越えて、遂に、人類最古の足跡化石が残るタンザニアのラエトリへ到着。
関野さんの冒険心と行動力には驚嘆するばかり。
私は、このシリーズを読んで、世界にはいろんな人々が生きているのだということを改めて思い知った。
私が想像もつかないような暮らしをしている人々が、いっぱいいるのだ。
電気や水を思うように使えない不自由さを甘受して暮らしている人々。
関野さんが旅の途中で会った人々は、我々の暮らし方とはまったく違う生活をしていた。
生きていくために必要な、最低限の食料や仕事があればそれでいいというような暮らし。
そんな生活を支えているのは、神への感謝の気持ちだ。今回、興味深かったのは、信仰心について。
チベット仏教の信者が巡礼地まで五体投地しながら進む姿をテレビで見たことがあるが、そこまでする信仰心に、私などは「へぇ~」と感心するだけである。
神を信じることで、貧しさや病気や苦難から救われると思うのは自由だが、根本的な解決にはならないだろう。それでも、人々は神に祈るのである。祈ることが生きることなのだ。
関野さんがチベットで会った貧しい家族の父親は、体中傷だらけになりながら、家族の幸せを、生きとし生けるものすべてのために五体投地しながら巡礼していた。
チベット仏教では、「現世で正しい行いをすれば、来世は人間界に戻ることができる」のだそうだ。
エチオピアのキリスト教(エチオピア正教)信者は、来世に天国に行くために祈る。
エチオピアのラリベラには岩窟教会群があって、世界遺産に登録されている。クリスマスには巡礼者たちがたくさん訪れるが、彼らは物乞いがいると、自分たちも貧しいのにほどこしをするのだそうだ。関野さんは、それが天国に行くための善行だとしても、その姿に感動したと書いている。
イスラム教のラマダン中に砂漠を通ったときは、同伴者にすすめられて関野さんも日中断食をしたという。
ラマダンは、「空腹を経験することによって貧しい人の苦しみを知り、救済の気持ちを新たにする」意味があるのだという。飽食の時代、空腹を経験してみるのも悪くないかもしれない。
関野さんが書いているように、人間の限りない欲望を抑えるには、信仰心が重要な鍵になるのかもしれない。
でも、信じる宗教の違いで戦いも起きているわけで、宗教というのは難しいものだ。
関野さんは、この旅のあともいろいろなことにチャレンジされている。
その後の「旅」も、ぜひ読んでみたいものだ。
by mint-de | 2010-06-21 14:03 | 私の本棚 | Trackback
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