『ぼんやりの時間』

辰濃和男さんの『ぼんやりの時間』(岩波新書)を読んだ。
ぼんやりすることの大切さを語り、豊かな休息があるからこそ、創造的な力や生命力がはぐくまれると説いていて、とても共感できる。その中で、考えさせられる文章があった。
ターシャ・テューダーの生活に触れ、どんなに忙しくても時間がきたらお茶を飲む、その休みのひとときがあるからこそ疲れがあとに残らないのだろう、そのことは、「いい静があるからこそ、いい動が生まれるのではないか。いい休みがあるからこそ、いい働きが出てくるという面もあるのではないか。暮らしの中心にあるのは、むしろ静であり、休みである。たのしい休みや、幸せな静があるからこそ、創造的な動や働が生まれるのだ。そう思えてならない。」 と、辰濃さんはいっているのだ。
ただ、忙しいから休むというのではなく、休むことが主となる考え方に驚いたが、確かにそういう生活ができたらゆとりが生まれる気はする。ライオンは、狩りをするときに備えて、普段はじっと静かにしている。クマはエサのない冬は冬眠する。自然が支配するこの地球上に存在する人間以外のものは、静の生活から勢いのある動を生み出していると考えられる。人間は、自然に逆らった生き方をした結果、ストレスを抱えるようになったのかもしれない。
忙しく暮らしている人には、静が中心の生活なんて考えられないだろうし、ぼんやりする時間がある人は、それだけ恵まれた生活をしている人といえるだろう。でも、忙しくて時間がないといい続けていたら、一生ぼんやりする時間はできないと思う。どんなにハードスケジュールでも、どんなに貧乏でも、頭をからっぽにしてぼんやりする。心に余白があればあるほど、多様な考え方を受け入れることができ、遊び心が生まれる。そこから興味が増えて人間的に豊かになる。そんな気がする。
根っからの貧乏性の私には、なかなか「ぼんやりの時間」を楽しむ境地にはなれないけれど、そういう時間を増やしたいなと思ったのだった。
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by mint-de | 2010-07-06 19:34 | 私の本棚 | Trackback

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