幸せな湯

このところ寒くて、最低気温が氷点下の日が続いている。そんな寒い日の夜は、お風呂の熱い湯に浸かっているときが最高に幸せな気分だ。
幸福ってこういうことをいうのだなあと、しみじみ思う自分がいる。人生のささやかな喜びというものは、案外、日向ぼっこする猫みたいに、日常のあちこちにあるものなのだ。
入浴剤で色づいた湯は、なお一層温かな気分にさせてくれる。お湯の温度が下がったら、追い出きボタンを押せぱいい。なんて便利なんだろうと思う。そして、決して便利とはいえなかった実家のお風呂を思い出す。
実家のお風呂は、ガスになる前はコークスやまきを使ったストーブで沸かしていた。お風呂を沸かすのは父の役目だった。父はお風呂が沸くまではどんどん燃やすので、ボコボコと沸騰しているときもあった。沸いてしまったら火が消えないように、かつ燃えすぎないように注意しないといけない。父はお風呂が沸くと浴槽に水を足し、ぐるぐるかき回して適温にする。そして、「沸いたぞ」とまるで仕事の出来映えに満足する職人のように宣言したものだ。私たちは、燃料を無駄にしないように、続けざまにお風呂に入らなければならなかった。最初は適温でも、何番目かに入ると火の加減で湯は結構熱く、かといって次の人のためにあまり水を足すこともできないので、私は我慢して熱い湯に入っていた記憶がある。
機械で適温に設定された今のお風呂は熱過ぎずぬる過ぎず、快適な湯だ。でも、あのストーブでボコボコと沸かされたお風呂と、熱い湯で指先がカッカと熱くなる感覚も懐かしい思い出だ。私は長くお風呂に入っていられなかったが、父はずいぶん長湯だった。父も、今の私のように、しみじみとした幸福感に浸っていたのかもしれない。
by mint-de | 2011-01-31 14:56 | 記憶の鞄