碧草の風

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努力と解決

確かにいくら努力しても報われないとか、不運としか言いようがないとか、そのような人が居られることは事実で、まったくお気の毒なことである。
あるいは、努力しても努力しても解決の緒さえ見つからぬときもある。
しかし、翻って考えてみると、「努力すればうまくゆく」などということが本当に正しいのか、なぜそうなのかわからなくなってくる。
私は来談される沢山の人たちのお話を聴いていて、人間が自分の努力によって、何でも解決できると考える方がおかしいのではないか、と思いはじめた。


(河合隼雄 『こころの処方箋』 新潮文庫) 以下、青文字は本書から。

河合先生は、上のような考えを抱いていたときに、この「ものごとは努力によって解決しない」という言葉に出合ったそうである。
これは、インド生まれの宗教家・哲学者のクリシュナムルチの言葉だそうだ。

さらに、河合先生はこう続ける。

子どものためにできる限りの努力をした、などという人に会うと、この人は、解決するはずのない努力をし続けることによって、何かの免罪符にしているのではないか、と思わされることがある。
それは、何の努力もしないで、ただそこにいる、ということが恐ろしいばかりに、努力のなかに逃げこんでいるのではないか、と感じられるのである。
努力などせずに、子どものために父として母として、そこにいること、これは凄く難しいことだ。


この言葉は、親として肝に銘じたい言葉である。でも、どうしていいかわからないときは、解決策を見出そうとあがくのが普通です。じゃあ、どうしたらいいの? 
先生は、こうおっしゃっている。

解決などというのは、しょせん、あちらから来るものだから、そんなことを「目標」にせずに、せいぜい努力でもさせて頂くというのがいいようである。
by mint-de | 2007-09-22 15:09 | 詩と言葉から