『ラブ・ストーリーを読む老人』

『ラブ・ストーリーを読む老人』 (ルイス・セプルベダ 旦 敬介訳 新潮社)

作者のセプルベダは、1949年にチリで生まれ、社会主義運動がもとでピノチェト独裁政権下では942日の刑務所暮らしを経験した人である。私は彼の『パタゴニア・エキスプレス』(国書刊行会)を最初に読んで、その刑務所での拷問の凄まじさや牛の糞を広げたトラックの荷台にうつ伏せになるといったような描写にびっくりしながら、どこか明るく簡潔な文章が気に入って、次に彼の初めての小説『ラブ・ストーリーを読む老人』を読んだ。

エクアドル東部のアマゾン上流の村に住む老人アントニオは、「果てしない愛の幸福と愛の苦悩に満ちた」恋愛小説を読むのが最高の楽しみだった。彼は、入植地で先住民のシュアル族と生活を共にした経験をもち、ジャングルやそこに生息する動物たちのことを熟知した人間でもある。ある日、オセロットに殺されたグリンゴ(外国人)が見つかり、老人は、大好きな恋愛小説を読む時間を奪われ、そのオセロットと戦うことになる。

本当の自然保護とはどういうことか、真の人間と動物の共生とは、物質文明の先にあるものは何なのか、そういった問題を静かに訴えている作品だ。そして、なによりも文章全体からたちのぼる森の香気のような清新な文体がよい。それと百戦錬磨の老人が読書によってやすらぎを得るという設定も気に入っている。これこそ物語の最大の魅力ではないだろうか。訳者の方があとがきでこういっている。

「物質文明の恩恵というようなものがまったくない土地で、それこそ剥き出しの自然とともに、とりたてて何の希望もなくひっそりと暮らしているたくましい人間たちに対する敬意と憧憬とが最大のモチーフであるような気がします。」

以下は本文から。

「老人は負傷した足の痛みも忘れて彼女を撫でさすりながら、恥じ入って泣いた。自分がそれに値しない、卑しい存在であることを、自分がけっしてこの戦いの勝者などではないことを感じながら。」(注・彼女とは雌のオセロットのこと)

「ときには人間の野蛮さを忘れさせるほど美しいことばで愛の物語を紡ぐ小説のありかを、彼はめざして歩いた。」
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by mint-de | 2007-09-25 12:36 | 私の本棚 | Trackback

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