最後の場所

私の父は、母が亡くなってから5年間、北海道で一人暮らしをしていた。
しかし、肺がんで余命1年といわれ、89歳という高齢でもあるので、私の住む近くの介護付き有料老人ホームに入居してもらうことになった。父は、こちらにきてからたった4か月で亡くなった。
その4か月に起きたことを、私は一生忘れないだろう。






以前からかなり目が見えない状態だったので、こちらにきてから、白内障の手術をしてもらうことになった。簡単な手術という認識だったので、私は全然心配していなかった。しかし、父は手術中にパニックを起こしたのだという。手術室からでてきた父は、いままでの父とは別人になっていた。パニックから看護師の指示を聞けなくなり、その後拘束されたことから、すっかり人が変わり、重度の認知症になってしまったのだ。それまでは、自分のことはちゃんとできていたのに、ほんの何時間かで認知症になってしまうなんて、信じられない話である。

その後の病院の対応も悪かったので、今でも、その病院を思い出すと、怒りだけがこみあげてくる。そのときの私は、父のことが心配で、病院の対応についてまで問いただす心の余裕がなかった。そのことが、今でも悔やまれる。父は退院したものの、ホームでは、厄介者となってしまい、とにかく早くでてほしいというのが、ホーム側の言い分だった。入居するときは美辞麗句を並べていたのに、介護が困難になると手のひらを返したような態度だった。

認知症になってから、ホームでは、父を小部屋に移した。ベッド代わりのマットレスが置いてあるだけの部屋で、身を縮ませて服を引っ張っている姿を見ていると、哀れでならなかった。
介護付きというホームのうたい文句がそらぞらしく思える。とにかく1日でも早く出て行ってくれという態度に、腹立たしさとやりきれなさを味わった。

さらに、現実はもっと厳しい。受け入れてくれる病院を探すのも一苦労だったのだ。
高齢と肺がん、さらに認知症だと、受け入れてくれる病院もなかなかない。そういう話を医者から聞かされるなんて、驚きだった。どんな患者だろうとそれなりの処置をしてくれるのが、病院というところだと思っていたが、面倒な患者はなるべく診たくないというのが、本音らしい。

それでも、やっと認知症の専門病院に入院することができた。患者はみんなボケている。老人ホームで肩身の狭い思いをしてきた私は、少し楽な気持ちになった。でも、その気持ちはものの見事に吹き飛んだ。

入院の翌日ベッドにいってみると、手をひもで縛られベッドに固定されているではないか。拘束は、ホームでは禁止されているが、治療目的の病院では禁止行為ではないらしい。でも、何もしていないときでも、縛っていたのだ。怪我をしないためにとかいっているけれど、実際は自分達が楽に仕事ができるようにしているだけではないか? 怒りが爆発しそうになるが、世話をしてもらっている以上、文句はいえない。認知症の人間に尊厳はないのか? 病院の対応は本当にひどいものだった。

その病院に入院してから1か月後に、父は亡くなった。こちらに連れてきてたった4か月。
結果論ではあるが、住み慣れた土地に、とどまる選択をしたほうがよかったのではないかという思いが、私を襲う。老人にとって、環境が変わることはあまりよくないという話を、後で聞いた。もっと前に知りたかった…
度々、北海道に帰るのが大変だったから、私の都合で父を故郷から連れ出してしまったが、それは、私のわがままだったのだろうか?
父は納得して来たけれど、本心だったのだろうか?
後悔しても、もうどうしようもないけれど、私は今でも、自分の対応について考えてしまう。

私が思い出す光景に、病院の食堂に集められた老いた患者たちが、車いすに座って夕日をじっと眺めていた姿がある。健康な脳とはいえなくとも、その心に去来するものは何だったのだろう。彼らの思いを他人がどれだけ理解できるだろう。諦めた人のように静かに座っている老人たちに、私はかける言葉がなかった。人生の最後に、その姿はふさわしいといえるのだろうか。

今後、老人ホームを利用する人は多くなると思うけれど、ホームの選び方、老人病院の様子など、もっとわかりやすい統一された案内書みたいなものがあればいいと思う。
by mint-de | 2007-09-27 14:43 | 記憶の鞄

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