たまには少数派で

私は、ベストセラーとか話題の映画が「○○部突破」「もうご覧になりましたか」といった宣伝文句が我が物顔に流れ出すと、もう見る気がしなくなる。

なぜなら、「より多くの人が見た」ことは、量的なものであって、見た人の目の水準は考慮されていないし、万人向けのこびをそこに感じてしまうからだ。
しかし、本や映画に限らず、多数の支持を得た情報は、好むと好まざるとにかかわらず、モンスター並みの勢いで、我々の生活に入り込んでくる。

振り返ってみると、私たちは小さいときから、「多数決」で多くの物事を決め、そうして決まったことを基準に、行動するという教育を受けてきた。
クラス委員、学芸会、運動会などなど。だが、多数決による解決は、「ひとつの選択」であって、必ずしも「正解」ではない。

「たまには、一番少ない意見を採用してみましょう」なんて、言ってくれる先生がいたらおもしろい。いろんな価値観をもった人間がいると、身をもって知ることができるだろう。

私が今の社会で危惧しているのは、情報の画一的な伝え方だ。
人気作、話題の人、出来事など、流行の話をしていれば、ひとまず安心といわんばかりに、その話題だけを執拗に繰り返す。そのメディア側の姿勢に疑問を感じる。
十の出来事があれば、十それぞれに関心をもつ人がいるのだ。同じ出来事の羅列では、世の中が豊かになるはずもない。

ひとつの映画が超話題になる現象よりも、さまざまな映画が論評される社会のほうが、より寛容であり、文化的な水準も高められると思う。
数字に惑わされないで、もっと自分たちの目を養いたいものだ。たまには、あえて少数派に身を置くことも悪くはないと思う
by mint-de | 2007-09-27 15:02 | 社会畑

見たり聞いたり、日々思うことをあれこれと…


by mint-de