墓地からの眺め

私の実家の墓地は、かなり高台に位置しているので、そこからは市街地や海、湾を隔てた向こうに連なる山並みが一望のもとに見渡せる。
天気のいい日は気持ちのいい眺めだが、悪天候のときは、霧で墓の場所がわからなくなったり、風が強いとローソクに火をつけるのも大変だ。

父の一周忌できたときは、ひどい雨と風の強い日だったが、
兄の納骨の日は、秋の日差しが柔らかく注ぐ、いい天気だった。
2月に危篤に陥った兄は、半年間入院して永久の眠りについた。
手しか動かせなくなったやせ細った体で、病にじっと耐えていた兄。
そんな兄を前にして、他愛無いことばかり話していた私。
私はいったい何をいえばよかったのだろう…。
食事以外で唯一口にできた氷を、おいしそうにカリカリかんでいた音を、
私はときどき思い出す。その音は、12年間病を抱え、さらに妻を亡くし、
思い通りに生きられなかった人生への、ささやかな抗議の声のようにも聞こえた。
カリカリ、カリカリ…。

去年の父の納骨では、杖で体を支えながら懸命に墓地を歩いていた兄。
父親を最後まで見届けることが、長男としての兄の最後のつとめだと思っていたのだろう。

墓地の端から見える、どこまでも続く蒼い海、雄大な山の姿。
人の一生のはかなさ。
命には必ず終わりがある。
「死に縁取られた生」という作家の言葉が胸をよぎる。
いま生きている命より多い、無数の魂が眠る大地。

私は、虚しい思いを抱きながらも、遠く広がる風景を美しいと思った。
時折白く光るのが、土にかえった人々の魂のかけらのように見えたのは、
墓地からの眺めのせいだったのだろうか。


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by mint-de | 2007-10-18 15:56 | 記憶の鞄

見たり聞いたり、日々思うことをあれこれと…


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