「君のためなら千回でも」

「君のためなら千回でも」 (20007年 アメリカ映画 監督マーク・フォースター)

映画の公式サイトに、原作者カーレド・ホッセイニさんがUNHCRの親善大使として活動している記事の紹介があった。私は、この原作は、亡命した立場だから書けた小説だと思っているけれど、今、こうして難民問題に取り組む彼の姿勢は立派だと思う。亡命したあとの両親について、尊厳が問題だと言っていたけれど、それなりの立場にあった人間が他国でゼロから再出発するのは大変なことだと思う。祖国で生きられるということは、幸せなことだと、つくづく思う。

まだ平和だったころのアフガニスタン・カブールで、仲良く育った裕福な家の息子アミールと、召使いの子ハッサン。
アミールがついた嘘は、父親の愛情を独り占めにしたかったから。そして、自分の勇気のなさを、ハッサンが知っていることへの仕返しだった。嘘に傷ついたハッサンと父は屋敷を去る。けれど、ハッサンはずっとアミールを慕っていたのだ。ハッサンのアミールへの想いは、著者の祖国への想いと重なっているようにも感じられる。

20年後、アメリカに亡命していたアミールは自らの罪を償うために、再びアフガニスタンの土を踏む。自分の国なのに、旅行者の気分だというアミールの目に映るのは、荒廃した街とタリバンの姿だ。緑のない、剥き出しの大地は、今のアフガニスタンを象徴しているようだった。
孤児院からハッサンの子を救い出そうとしたアミールに、院長が放つ言葉は悲痛な叫びだ。
一体、誰が、こんな国にした? 

アミールの父は、「嘘はつくな」といった。だが、父は大嘘つきだった。父もまた、罪の意識に苛まれていたのだ。息子だけは嘘のない人生を歩んでほしいと願っていたけれど、その結果は皮肉だった。

原作を読んでから映画を見ると、どうしても、原作のほうに魅力を感じてしまうけれど、この映画は、原作に忠実だと思った。ただ、もう少しアメリカでの窮屈な生活を描いてほしかったのと、アミールがアフガンに戻る決意をするまでの逡巡に、物足りなさを感じてしまった。でも、あれだけの長編を2時間の物語にするのだから、そのへんはしょうがないのかも。
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by mint-de | 2008-02-11 16:25 | シネマ(あ~そ) | Trackback

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