母のこと

私の母は突然倒れた。朝、トイレで意識を失い、病院にかつぎこまれた。くも膜下出血だった。
それまで元気だった人間が、ほんの一瞬で重篤な病に陥るということを、私はそのとき、やっと理解することができた。 連絡を受けて会いにいったときは意識が戻っていたが、数日後、再出血してからは意識が戻ることはなかった。

再出血後、私が病院に駆けつけると、母はただ眠り続けていた。病室に響く測定器の音を、私は今でもときどき思い出す。命をはかるには、あまりにも機械的で単調なその音を。数日前に電話で話したときは元気だったのに、こんなにも簡単に、あっけなく死と向き合うことになる。その唐突さとやりきれなさに、私はただ重く息をはくだけだった。

私はその日から9時から5時まで、まるで勤務時間のように病室で看病したが、すべて看護師がやってくれたので、することはなにもなかった。
母が入院した病院は、かつて私が暮らした町の病院だった。病院から眺める景色は、私には懐かしい景色だった。昔、住んでいた社宅からは、いつも煙を吐き出していた工場と船が停泊する港が見えていた。
私は、その港の風景と母を見ながら、まるで絵のようだと思った。船は、いつも停泊したままに見えていたし、母はただ呼吸だけして、動くことはなかったからだ。

私は、一週間ほど、父の暮らす隣の市からその病院に通った。そして、母の病院を出ると、姉の入院先へ向かった。私にはとてもつらい日々だったが、姉にとっては、もっとつらい出来事だったことだろう。

その年の夏は、北海道の夏にしては、随分暑い日々だった。
私は、自分の住んでいる町にくらべると、あまりにも静かな日常に戸惑いながらも、急に訪れた故郷の日常に、懐かしさも感じていた。のどかな風景そのままの、ゆったり流れる時間に、落ち着かない思いもした。まるで、時が一歩すすんでは、二歩戻るような時の流れ。若い頃は、そののんびりさが嫌だったが、心地よく感じられるようになってきたのは、私が年をとったということかもしれない。

母は数日後に亡くなった。生きてきた時間とさまざまな思い出にくらべて、死というものは、なんとあっけなくやってくるものなのだろう。

私の母はおしゃべり好きで、明るい人だった。重たいものは、手にもつより背負ってしまうほうが楽だといって、なんでも風呂敷で背負っていた姿を、思い出す。私は格好悪いと思ったが、母は他人がどう思おうが、そんなの「関係ねぇ」人だった。かなりユニークな女性だった。大きな丸いスイカを背負い、ああ疲れたといって笑っているのである。枕が変わると眠れないといって、上京したときは、本当に自分の枕持参でやってきた。

法事で訪れると、山と海に囲まれ畑が広がるのどかな景色に迎えられる。
両親が2人で静かに暮らした町。
ささやかな人生がそこにあったことを、私は胸に刻むのだ。
by mint-de | 2008-03-05 15:26 | 記憶の鞄

見たり聞いたり、日々思うことをあれこれと…


by mint-de