碧草の風

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あまりにも遅い「つぐない」

「つぐない」 (2007年 イギリス映画 監督ジョー・ライト)

イアン・マキューアンの小説は、第1部の話の流れに馴染めず、斜め読みしてしまったので、そんな落ちこぼれ読者にとって、映画は、ものすごくわかりやすくて、つぐないよりも愛がテーマの作品のように思えてしまった。

原作では、「神が贖罪することがありえないのと同様、小説家にも贖罪はありえない」とか、「真実と、想像の結末」とか、小説家に何ができるのかといった、いろいろ難しいテーマが込められているけれど、映画に関しては、セシーリアとロビーの切ない愛、ブライオニーの罪とつぐない、そんな愛も罪もつぐないも、こっぱみじんにしてしまう悲惨で非情な戦争が、淡々と描かれている。

1935年の夏、13才のブライオニーは兄の帰省を祝って戯曲をつくる。書くことが好きな多感な少女は、姉セシーリアと使用人の息子ロビーのある行為を目撃し、複雑な感情を抱いてしまう。ブライオニーのロビーへの片思いがそうさせてしまったのかナゾではあるが、ブライオニーの語った、装飾された事実によって引き裂かれてしまうセシーリアとロビー。後年、ブライオニーは二人に謝罪しようとするけれど、あまりにも遅い行為に、私は呆れてしまう。

セシーリアとロビーの悲恋は、二人の愛の強さと情熱が、「悲しさ」を「美しさ」に昇華させていて、上質なラブストーリーを見ているようだった。前半の明るい田舎の風景に比べると、北フランスで敗走する兵士たちを描いたシーンや、傷を負った兵士たちで一杯になるロンドンの病院のシーンは、とても重い。個人ではどうしようもない大きな力で奪われてしまう命のはかなさ。戦場の無数の死体に打ちのめされるロビーは、ブライオニーと戦争によって、夢見た人生を断ち切られてしまったのだ。セシーリアへの思いを支えに、不安な日々を耐え続けたロビーが、あまりにも哀れだ。

老年のブライオニーが創作した二人の幸せな結末。私も、あの青い海を見下ろすコテージで、二人が仲良く暮らすその後を想像したい。
by mint-de | 2008-04-19 20:18 | シネマ(た~ほ) | Trackback
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