碧草の風

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カテゴリ:私の本棚( 75 )

『琥珀のまたたき』

『琥珀のまたたき』 (小川洋子 講談社)


切なさに満ちた幻想的な小説だ。
母親から、壁の外に出てはいけないといわれた3人の姉(オパール)と弟(琥珀、瑪瑙)。
末娘の死を受け入れられない母親は、娘の死を魔犬に襲われたせいだという。その話を聞かされた姉弟たちは、家の敷地から出ることを禁じられる。
母親が仕事に出かけると、3人は父が残した図鑑から社会を学び、庭で遊びながら自然に触れる。奇妙な生活だが、3人はそれなりに日々を生きていくのだ。
限られた空間を、想像力を使ってきらめく一瞬にする。
琥珀が編み出した、図鑑を使って妹を映し出す方法は、とても小さくて、ささやかなもの。
この作品は、その小さきものと切ないもので満たされている。
非難されるべき母親でさえ、哀れで同情を誘う。
年老いた琥珀が、図鑑を使った展覧会をやり続けるのは、決して自由ではなかった日々でも、かけがえのない日々がそこにあったから。人は、今を生きていても、過去の思い出がその人の今を作っているのだと感じた。


by mint-de | 2017-03-28 15:38 | 私の本棚 | Trackback

『探検家、40歳の事情』

『探検家、40歳の事情』(角幡唯介 文藝春秋)

探検の裏話や若いころのとんでもない話を綴ったエッセー。
探検記とは違って笑いながら読めた。でも、タイトルにもある「無賃乗車」には、そこまで書いていいのかと、ちょっと驚いた。
北極の旨いものランキングにでてくるシロクマやほかの動物の味、生の肉に含まれるビタミンの話など、牛や豚、鶏肉しか食べたことのない人間には、「へえ~」とか「ゲッ」とかいいそうになる記述もある。
そして、イヌイットと犬の話には、切なくなるけれど、生きていくことの厳しさを知らされる。人間も動物も命がけなのだと思う。
こういう本を読んでつくづく思うのは、自分が知っている世界がいかに小さいかということ。食や習慣や文化など、私の価値観とはまったく違う世界で生きている人が、世界にはいっぱいいるのだ。
自分が知ることのできない人々や動物、自然の姿など、せめて、こういう本を読んで知っていきたいと思う。だから、角幡さんにもこれからも無事に探検に出かけてもらいたいと思う。
by mint-de | 2017-02-01 15:46 | 私の本棚 | Trackback

『米国人博士、大阪で主婦になる。』


『米国人博士、大阪で主婦になる。「The Good Shufe」』 
(トレイシー・スレイター 高月園子訳 亜紀書房)

とても面白かった。
思い描いていた人生とはまったく異なる暮らしをすることになった女性が、迷い、悩みながらも、愛する男性と生きる道を選択した、その手記だ。
英米文学の博士号をもっている彼女は、アメリカで講師として学生などに教えていた。あるとき、東アジアで報酬のいい仕事を依頼される。日本にはまったく興味がなかった彼女だったが、生徒である日本人の会社員と恋に落ちてしまう。
周囲からは、海をまたいだ超遠距離の恋愛には反対されるが、彼との愛を確実に育んだ彼女は、10年の歳月の後に、二人の愛の結晶である娘を授かる。
冷静に自己分析をしながら行動する姿には、自立した大人の女性を感じるが、一方で、誰かに依存した生活など考えもしなかった女性が、180度違う人生を歩むことになる戸惑いにも、共感してしまう。
人生は、思い通りにはいかないこともあるが、それでも、自分が幸せになるために、自分に大切なものは何かを追求してあきらめなければ、居心地のいい場所を得ることができるのだと、教えられた気がする。
異国に住む不自由な気持ちや疎外感、いろいろ悩みながらも、彼女は、日本人の嫁でさえできないような義父の介護に懸命になる。入院した義父を見舞うのに、面会時間の初めから終わり(6時間)までいたという彼女には、驚いた。義父とのやりとりには涙が出るシーンもある。
そして、40歳過ぎてからの不妊治療、流産、あきらめたときに授かった新たな命。つらい時を乗り越えて、こういう本を書き上げた彼女は、精神的にとても強い人なのだと思う。これからの彼女の人生にも興味がわくので、ぜひ続編も書いていただきたいと思う。
by mint-de | 2016-12-27 15:39 | 私の本棚 | Trackback

『その罪のゆくえ』

『その罪のゆくえ』 (リサ・バランタイン 高山真由美訳 ハヤカワ・ミステリ文庫)

切なさに満ちた小説だった。
少年ダニエル(ダニー)はヤク中の母から引き離され、里親の元に預けられていたが、その反抗的な態度から里親を探すのも困難な状況になっていた。
そんなとき、農場のミニーという女性がダニーの里親になってくれることに。
はじめは、反抗的で母のもとに帰りたがっていたダニーだったが、ミニーの寛容で温かな愛に包まれていくうちに、ダニーは今まで経験したことのない穏やかな暮らしを知るようになる。
そして里親から養母となったミニーから、将来の夢をもつことの大切さを教えられたダニーは勉強にも励み、大学へ。
だが、あるときダニーはミニーのついた嘘を知ってしまう。それは、ダニーにとって決して許すことができない嘘だった。そのときから、二人は会うことはなかった。
切ないのは、ダニーがミニーの死を知ってから、自分がとった態度が間違いだったと気づき、そのことをミニーに伝えられないということだ。ミニーの愛の深さがやるせないのだ。

ロンドンで事務弁護士をしているダニーは、殺人容疑の11歳の少年セバスチャンの弁護を依頼される。その少年に会ったダニーは、自分の少年時代を思い出す。その後、家に帰ったダニーは、ミニーの死の知らせを受け取る。
物語は、セバスチャンの事件とダニーの少年時代が交互に描かれていく。
イギリスでは、10歳から大人並みに刑事責任を問われてしまうのだそう。
著者は、実際の事件からヒントを得たようだが、このセバスチャンはこのまま大人になったらとても怖いと思うのだが、ダニーとはまったく違う家庭環境でも、外見は恵まれているように見えても、愛のない家庭というのは脆いものなのだろう。

セバスチャンの母の頼りなさに、自分の母の姿を重ねてしまうダニー。
小さい頃は、あんな母でも自分が母を守ろうと必死の思いでいたが、大人になったダニーは、自分を大切に思ってくれた人が誰だったか、今、弁護士として働けるのは誰のおかげだったかと考えたとき、ミニーに対する申し訳なさで胸がいっぱいになるのだった。
劣悪な環境で育ったとしても、ひとすじの明かりのような愛があれば、人はまっとうに育つと信じたい。
by mint-de | 2015-09-15 14:56 | 私の本棚 | Trackback

『ブエノスアイレスに消えた』

『ブエノスアイレスに消えた』 (グスタボ・マラホビッチ 宮﨑真紀訳 ハヤカワ・ポケット・ミステリ)

アルゼンチンのミステリ。とても面白かった。読みだすとやめられなくなる(^^)
ベビーシッターと共に出かけた4歳の娘が、突然行方不明になる。父親のファビアンは、あてにならない警察には頼らず、私立探偵と共に娘を捜そうとする。
事件から9年後まで描かれるのだが、その間のファビアンの苦悩、喪失感、再生しようとする気持ちが丁寧に描かれ、とても共感できる。
ファビアンが、ほんの小さな手がかりから犯人へとたどり着く過程にも感心。
真相を求めて、奥地へと川を遡っていくシーンなどは、南米の密林の雰囲気がよくでていて、波の音が聞こえてきそうな描写だった。
ラストには、衝撃の事実が待っているのだが、父と娘の微妙な関係も気になるところだ。
訳者あとがきによると、建築家のファビアンなのだが、今後は失踪人捜しの探偵になるのだとか。いつ頃読めるのかはわからないけれど、次作も楽しみだ。
by mint-de | 2015-07-08 21:06 | 私の本棚 | Trackback

『風の丘』

『風の丘』 (カルミネ・アバーテ 関口英子訳 新潮社)

面白い小説だった。
「大いなる物語」を読んだという充実感が得られる小説だ。
イタリア半島南端、カラブリア州の架空の村スピッラーチェにあるロッサルコの丘を守りながら生きた家族の物語。
第一次世界大戦前から現代まで、僕リーノによって語られる曾祖父から父が生きた時代の出来事。
丘を耕しながら懸命に生きてきた家族。
戦争で子を亡くしても、横暴な地主に脅されても、ファシズムに押しつぶされそうになっても、土地を売れと迫る者があっても、決して屈することなく生きてきた人々。
登場人物たちのひたむきさに心が打たれるのだ。
丘の果樹や木々、花々、そこから眺める風景描写もとても美しい。
そして、丘の下に眠る古代都市の遺跡にまつわる話もロマンを誘う。
著者は、この地の出身で地元に就職先がなく、ドイツまで行った経験もあるそうだ。故郷にいられず苦労した体験が、こういう物語を書かせたのだろう。
丘を赤く染めるスッラの花は、はちみつがおいしいらしい。いつか味わってみたいな。
by mint-de | 2015-05-10 16:26 | 私の本棚 | Trackback

『容疑者』 犬の嗅覚のすごさ

『容疑者』 (ロバート・クレイス 高橋恭美子訳 創元推理文庫)

犬を飼っている人なら、プロローグの「グリーン・ボール」で、ぐいぐいこの小説にひきこまれるはず。
ジャーマン・シェパードの軍用犬マギーの忠誠心に胸を打たれるのだ。
アフガニスタンで傷を負ったマギーは、警察犬としての訓練を受けるようになるのだが、そこでマギーの新たなボスになるのが、警察官のスコット。スコットもまた銃撃事件で重傷を負った身。
物語は、スコットが銃撃事件の真相を暴いていくなかで、マギーとの信頼関係を築き、自分自身も再生していくという話。
警察犬隊の指導者が語る「犬の話」には、犬の飼い主の私には教えられることがいっぱいあった。
「犬の鼻は人間の目にあたる」といい、犬の嗅覚のすごさがよくわかった。
また、犬の散歩についてもこんな風にいっている。
「飼い犬を散歩させる人間の多くは、犬の散歩ではなく自分の散歩のために連れだし、(略)その厄介な生き物が糞をするまで引きずりまわして、終わるとそそくさと家に引き返す。犬はにおいを嗅ぎたい。あの子たちの鼻は人間の目にあたる。(略)犬に楽しい時間を過ごさせたいなら、においを嗅がせること。それが犬を散歩させるということだ、人間ではなく」
犬の話ばかりになってしまったけれど(^^)、ミステリーとしての面白さももちろんあります!
by mint-de | 2014-12-21 16:20 | 私の本棚 | Trackback

もっと読みたい「ルーシー・ストーン・シリーズ」

2007年に出版され、今年で10冊目が出版された「ルーシー・ストーン・シリーズ」。
ずっと前に出ていたのに、このシリーズを最近知った私。
読み始めたら、ルーシーは私ではないかと思うくらい(^^)共感しまくり!
はまりまくって、どんどん読んでいたのだけれど、10冊目のあとがきを読んで、ショックを受けた。
著者のレスリー・メイヤーさんは、ほぼ1年に1冊のペースで書かれていて、アメリカでは22冊まで出版されているというのに、日本ではこの10冊目で打ち切りなのだという。
確かに、シリーズものをずっと出し続けるというのは、よほど売れ行きのいいものでない限り、経営上は難しいのかもしれない。でも、こんなに面白い本をこの先読めなくなるなんて、とても残念。
どこかのお金持ちの出版社さん、なんとか出してくれないかなあ。

アメリカ、メイン州の架空の町ティンカーズコーヴで週刊新聞の記者をしながら、なぜか事件に関わらざるを得なくなる4人の子どもの母親ルーシー・ストーン。
ミステリというより、彼女の家族や知り合いの人々とのファミリードラマといったほうがいいかもしれない。
ルーシーの子育てや夫との関係を見ていると、洋の東西を問わず、妻や親であることの大変さは同じなのだなあと共感することが多い。
タイトルにもなっている年中行事の様子も楽しい。
このシリーズの魅力は、ルーシーの明るくて前向きな人柄と、町で暮らす人々との温かなつながりといえるだろう。そして、ユーモアと皮肉めいた表現もおかしい。
11冊目もなんとか読ませていただきたいものです!
by mint-de | 2014-11-08 15:43 | 私の本棚 | Trackback

『ミラノの太陽、シチリアの月』

『ミラノの太陽、シチリアの月』  (内田洋子 小学館)

『ジーノの家』同様に、この本も、読後に深い余韻が残る。
内田さんは、イタリアで出会った人々を、短いページに、実に印象深く描き切る。
無名の人たちのつましい生活が、まるで短編小説や映画のように伝わってくるのだ。
無駄な言葉を使わず、自分の感情とか批評めいたことは書かず、あくまでも客観的な視点で書かれているのも特徴だ。
今回は、「鉄道員オズワルド」と「シチリアの月と花嫁」が、特に印象に残った。
ささやかな暮らしの中の小さな幸せ、思い通りにならない人生、それでも人は生きていく。
そんなことに気づかせてくれるエッセーでもある。
by mint-de | 2014-02-04 20:27 | 私の本棚 | Trackback

『ハロルド・フライの思いもよらない巡礼の旅』

『ハロルド・フライの思いもよらない巡礼の旅』 
(レイチェル・ジョイス 亀井よし子訳 講談社)

タイトルに興味がわき読んでみた。
なぜ、思いもよらなかったかは読むとわかるのだが、確かに普通ではあり得ない行動である。なにしろ、手紙をポストに投函するためにでかけたのに、そのままイングランドの南から北の町まで1000キロ余を歩いてしまうという話なのである。

定年退職して半年のある日、ハロルドのもとへ、会社のかつての同僚クウィーニーから手紙が届く。
彼女はがんでホスピスに入院していた。手紙でハロルドに別れを告げていたのだ。
クウィーニーは20年以上も前に会社をやめていて、ハロルドはその後の彼女のことは知らなかった。
一応、お見舞いの言葉をしたためたものの、ハロルドは、彼女が自分のためにしてくれたことを思うと、手紙を出すだけではすまないような気がした。そうして、手紙をポストに入れそびれ、先のポストへと歩いていくうちに、ある店員に出会い「信じる心があればなんとかなる」という言葉にハッと気づく。
自分が、クウィーニーの命を救うことを念じて歩いていけば、自分がたどりつくまでは生きていてほしいと願えば何とかなるかも…

靴はデッキシューズ、ケータイももたずリュックもない。それでもハロルドはそのまま歩きだしたのだ。
妻のモーリーンは驚き、あきれる。ただでさえ、息子のことで、夫婦仲は冷え切っていた。
だが、ハロルドが旅を続けるうちに、モーリーンの心に変化が起きてくる。夫の不在によって、夫の存在を思い知ったのだ。自分にはなくてはならない大切な人だということに気付いたのだ。
そして、ハロルドも歩き通したことで、過去からやっと立ち直ることができた。

彼は、最小限のモノしかもたずに旅を続けた。多分、作者は、生きていくために必要なモノは、それほど多くはないといいたいのだろう。歩きながら見える風景や植物、その土地で生きる人々に心を寄せながら、ハロルドはひたすら歩き続けた。
息子の件は、ラスト近くで明かされる。とても切ない。
だが、ハロルドとモーリーンのこれからは、明るい予感に満ちている。
ラストに印象的な言葉があった。
「そこだったんだよ、大事なのは。当たり前のことをいっただけなんだよ。なのに、あんなにおかしかったのは、きっとおれたちが幸せだったからだ」
by mint-de | 2013-10-08 15:15 | 私の本棚 | Trackback