カテゴリ:私の本棚( 75 )

『小さいおうち』

『小さいおうち』 (中島京子 文春文庫)

昭和5年、山形から女中奉公のために東京にやってきたタキは、2度目の奉公先で若く美しい奥様、時子に出会う。
この本は、晩年のタキが、赤い三角屋根の洋館で暮らした時子たち家族との日々を回想する形で進み、回想記をたまたま読んだタキの甥の健史が、現代から戦前・戦中を見て、茶々を入れるという構成になっている。

私は、昭和のあの時代は、戦争の暗い影を背後に感じてしまい、あの時代を描いているということだけで、妙に哀しい雰囲気を感じてしまう。でも、あの時代を生きていた人々には、それなりの楽しみがあり、おいしいものを食べたりして、それなりに穏やかで幸せな日々を生きていたのだと、当たり前のことかもしれないけれど、後の時代を生きた人間が感じる世界と、その時代を生きた人々の思いとは、微妙に違うものなのだと、この本を読んで、あらためて気付かされた。

そして、感心したのは、作者の調査力!
ものすごい量の資料を調べたのだと思う。当時の行事や出来事などを、日常のなかにさりげなく散りばめていて、とてもリアルに感じた。1936年のベルリン・オリンピックの開幕時に、次回は東京と決められていたなんて知らなかった。タキのご主人の会社の玩具が売れるかもと期待したり、冬季オリンピックと東京オリンピックの違いに気づくまでの会話に笑わされたり、ほのかにユーモアもある。

タキが慕っていた時子の恋と、タキの思い。小さいおうちに秘められた謎。
「小さいおうち」のようにささやかだけれど、その中にあった幸せなひととき。
タキの回想のあとに、健史が登場するが、彼が時子の息子に会いに行くシーンがあるからこそ、タキと時子の姿がより印象的になったのだと思う。

山田洋次監督が映画化し、来年の1月に公開されるという。映画も楽しみだ。
by mint-de | 2013-09-13 16:17 | 私の本棚 | Trackback

『先生!』

『先生!』 (池上 彰編 岩波新書)

いろんな批判にさらされている今の教育現場。そこで働いている先生について、さまざまな分野で活躍している人たちが、意見や思い出を語っている。
「先生」という言葉から、こんなにもいろんな話がでてくるのかと、その多様さに驚き、短いエッセーながら感動的な話もあった。印象深い先生に出会った人もいれば、文字通り反面教師としての先生がいたり、生徒も先生もさまざま。
私自身は、いい先生に出会ったという思い出はなく、先生に期待することもなかったので、保護者がこういうことも教えてくれとか、何でも先生に頼る親を見ていると、とても違和感を覚えたものだ。自分の子どもを教えるのは、まずは親なのだという自覚をもってほしいもの。
太田光さんがいっているように、学校は勉強を学ぶ場であるのに、生活指導とかほかのこともやらされる先生は、仕事が多すぎなのではないだろうか。
本書の鈴木翔さんによると、2011年に「心の病」を理由に休職した教員は5274人もいたのだそう。先生も大変だと思う。
本書で印象に残ったのは、戦争の影響で義務教育が受けられなかった人たちが学ぶ「80歳を超えた中学生」、少年刑務所で詩を教える「詩が開いた心の扉」、~正当に「憤る」こと、「問い」続けること、「NO」と言えること~と力強い言葉で綴る若い安田菜津紀さんの「抗う」こと、など。
この本を読んで思うのは、生徒の気持ちにどれだけ寄りそえるかが、先生にとっては大事なことだという気がする。
by mint-de | 2013-09-08 15:22 | 私の本棚 | Trackback

『アグルーカの行方』

『アグルーカの行方』 (角幡唯介 集英社)

『空白の五マイル』が面白かったので、この北極探検の記録も期待して読んだ。
文章が上手い上に、極寒の地を歩くという行為そのものがものすごいことなので、その貴重な体験の一つ一つに「すごいなあ」と感心しまくり。
ぬくぬく生きている身には、その体験に、ただただ圧倒されてしまった本である。
1845年、イギリスの北西航路探検隊は北極に向かったが、129名全員が遭難死した。その彼らの足跡をたどるのが探検の目的で、北極のレゾリュートからカナダ北部のベイカー湖まで、約1600キロを103日かけて歩いた体験記である。
探検隊の隊長であるフランクリンが死んだあとは、イヌイットから「アグルーカ」と呼ばれていた男が、最後の生き残りとしてイヌイットたちに目撃されていたらしいが、詳細は不明のままだ。
その謎と、北極という未知なる世界と、冒険とは何かという問いが、この本のテーマ。
読んでいて興味深かったのは、寒い地ではエネルギーを異常に消費するということ。何千カロリーもの食物が必要らしい。
探検隊は、最後には死んだ人の肉まで食べていたらしい。
角幡さんはジャコウウシを射止め、解体して貪るように食べるシーンがでてくるが、このような地では、生きるものすべてが「命のために食らう」のであるなあと、なんだか生きることの原点に触れているような気がした。
残酷ではあるけれど、自然界は弱肉強食の世界なのだなあと、あらためて思ったり、昔の探検家はものすごく勇気がある人たちだったのだろうなあと思ったり。
とても刺激的で、いろいろと考えさせられた本である。
by mint-de | 2013-08-21 15:24 | 私の本棚 | Trackback

『冬のフロスト』

『冬のフロスト』 (R・D・ウィングフィールド 芹澤恵訳 創元推理文庫)

久しぶりのフロスト警部。読み終えると、5年前の感想と同じような感想になってしまう(^^)
相変わらず、次から次と事件が起こり、一日2・3時間くらいしか寝ていないフロスト警部。
今回は、見込み捜査というか、刑事のカンだけでちゃんとした証拠もないのに犯人を逮捕してしまうケースが多く、それはないだろうと思ったシーンもあった。それと、連続娼婦殺人事件の犯人たちの動機が全然説明されていなくて、その点も疑問。
現場の空気をまったく読まないマレット署長には、こっちまでイライラさせられた(笑)
ドジばかり踏んでいる部下のモーガンに呆れながらも、最後は彼をかばったフロスト。
上の顔色ばかりうかがっているマレットとは対照的で、部下思いのフロストは、理想の上司といえるかもしれない。でも、あの下ネタジョークばかり聞かされるのは、ちょっと勘弁かも。
上下巻あわせて960ページ!
読者もデントン署の一員のような気分で読んでしまうので、とっても疲れる(^^)
それにしても、イギリス人のユーモアを、日本語でちゃんと笑わせてくれる訳者の芹澤さんには、いつも感心する。最後の一冊はいつ頃読めるのかな?
by mint-de | 2013-07-11 15:14 | 私の本棚 | Trackback

『命の往復書簡』

『命の往復書簡』 (千住真理子・千住文子 文藝春秋)

千住真理子さんの演奏会にはいったことがあるけれど、彼女の本を読むのははじめて。
彼女の母、文子さんにがんが見つかったときが、私の義母と同じころだったので、家族の病気とあの震災のときの不安な気持ちがよくわかり、読んでみたいと思った。
文子さんの病気の話がメインではあるけれど、千住家の一つのチームのような絆の強さと文子さんの生へのパワーに感心した。
文子さんは、大好きだったピアノを戦後に失った。そのときの絶望感と、その音を再び聴きたいという強い気持ち。その音を、バイオリンの音色で思い出したのだそう。
そうして、三人の子どもたちはバイオリンに触れることになったのだ。子ども三人がみな芸術家という、その原点は、やはりお母さまにあったのではと思った。
裕福な家庭を想像してしまうけれど、いろいろご苦労があった様子も描かれている。
真理子さんのレッスンの大変さもよくわかるけれど、お母さまの協力なしではできなかったこと。
「あとがき」によると、文子さんは「鉄人母さん」といわれていたらしい。本を読んでいると確かにそんな感じがする。その「あとがき」は印象的な文章で締めくくられている。

道が二本続くのです。一本は当然死にゆく道。あとの一本は生きる道ということ。
脳がその微妙な選択の命令を下すでしょう。不安を捨てて、力一杯生きてみよう。その先は誰も見えない  のだから。それが人生なのだから。
はげた鉄人の銀の衣を塗り直した私は、皆を背にのせ走ります。希望を求めて。
月夜の空がピカッと光るのは、鉄人が飛んでいるのです。 
ビルの街にガオーッ 
夜のハイウェーにガオーッ
 (本書「あとがき」から)
by mint-de | 2013-06-22 12:07 | 私の本棚 | Trackback

『母の遺産』

『母の遺産ー新聞小説』 (水村美苗 中央公論新社)

図書館で予約したときは80番目だった。やっと読むことができた。
親の介護、夫の不倫、祖母と母の恋愛をテーマにしつつ、副題の「新聞小説」についても語っている。
介護では、自分にも経験があるので身につまされて読み、祖母と母の話では、その生い立ちや二人とも婚家を飛び出して別の男の人と一緒になっており、祖母にいたっては当時の新聞小説『金色夜叉』に影響を受けたという話を面白く読んだ。
水村さんの実際の経験も含まれているという。お母さまは、高齢になってからご自分の経験を『高台の家』という本に著しているというので、その本も読んでみたいと思った。
わがままな母親に早く死んでほしいと願う娘。
娘の大変さはわかるが、読んでいくうちにこの母と祖母のほうに興味がわいた。
娘の美津紀と夫との関係はどちらかというと陳腐で、母親の死後の描写は長すぎる気がした。
母や祖母の恵まれたとはいえない生い立ちであっても、その後の積極的な生き方に対して、美津紀の生き方が消極的と映るせいかもしれない。
離婚によって、やっと美津紀は自分らしく生きることができるようになったのだ。それもまた、母の遺産といえるのかもしれない。
by mint-de | 2013-03-28 15:21 | 私の本棚 | Trackback

『カラーひよことコーヒー豆』

『カラーひよことコーヒー豆』 (小川洋子 小学館文庫)

作家のエッセーを読んでみると、その作家の個性がよくあらわれていて、小説より面白く読んでしまったりする。面白い小説を書く作家のエッセーが面白いかといえば、そうではなく、逆にガッカリする場合もある。
あくまでも私個人の感想ではあるけれど。
私の場合、数学が苦手だったせいか、『博士の愛した数式』は途中で挫折してしまったが、このエッセーを読んで、小川さんの作品をもっと読みたくなった。
ひねくれ者の私が、とてもすがすがしい気持ちになれるエッセーなのだ。
日常のささやかな出来事でも、こういう言葉にして綴られると、一日の素敵なヒトコマになる。
もう少し素直にならなくちゃ、なんて思えてくる。
「働く人の姿」では、OLさん、ホテルのルームサービス係、スーパーのレジ、花屋さん、そしてお母さんが家で働く姿に感動すると書いている。大人になってからも、働く人を見ながら、こういう風に尊敬するといえる人は珍しいと思う。
埃や塵にまみれてしまった心を払って、もう少し清らか目線で物事を見るようにしなくちゃと、反省した次第。
タイトルの「カラーひよこ」は、昔縁日で売られていた赤や青に染色されたひよこのこと。
小さな命が、まるで色つきのおもちゃのように売られていたのだ。
カラースプレーを吹きかけられたひよこはかなり弱ってしまう。
私はあまり記憶にはないのだけれど、縁日の楽しさとカラーひよこに隠された残酷さが伝わってきて、このエッセーは印象的だった。
by mint-de | 2013-03-02 15:06 | 私の本棚 | Trackback

『喪失』

『喪失』 (モー・ヘイダー 北野寿美枝訳 ハヤカワ・ポケット・ミステリ)

2012年度のMWA賞最優秀長編賞をとった作品。
読み始めたら、やめられなくなる!
とっても面白かった!

ただのカージャックと思われていた事件は、車内の少女をねらったものだった。
事件の担当になった警部キャフェリーは、犯人に振り回されながらも事件を解決に導くのだが、彼よりは、フリー・マーリー巡査部長の活躍ぶりのほうが光っている。もっとも彼女の行動は、あまりほめられた行動ではないが…。
ラストはファタジーを読んでいる気分になるが、緊張感に満ちた流れから安堵の展開に落ち着くには、ふさわしい描写かもしれない。
小さいころに兄を殺されているキャフェリー、とんでもない秘密を抱えているマーリー、哲学者めいたホームレスのウォーキングマンの人物像も興味深い。
そして被害者の家族、特に母親の子どもへの愛情には心打たれるものがある。
被害者側の心情も丁寧に描かれていて、ミステリの範囲にとどまらない面白さもあると思う。
by mint-de | 2013-02-19 14:21 | 私の本棚 | Trackback

『消えゆくものへの怒り』

『消えゆくものへの怒り』 (ベッキー・マスターマン 嵯峨静江訳 ハヤカワ・ミステリ文庫)

面白かった!
私好みのミステリで、ぜひ、続編も書いていただきたいと思った。
主人公ブリジッドは、59歳の元FBI捜査官。
59歳ながら、その活躍ぶりは若者と大差なく、孤軍奮闘する姿が実に格好いい。
ブリジッドが在職中に起きた未解決の連続殺人。
その事件の犯人が逮捕されたが、担当の捜査官からその犯人は真犯人ではないと聞いたブリジットが、真犯人を捜すというストーリー。
ブリジッドは、ある男に襲われ結局彼女がその男を殺してしまうのだが、あろうことか隠ぺい工作をしてしまうのである。夫にも真実を話せないでいるブリジット。それでも、そんな彼女を応援したくなる魅力がある。
終始、アブナイ橋を渡りながら、それでもなんとか事件を解決に導く姿にハラハラドキドキして一気読み。
ブリジッドの更なる活躍をぜひ読みたいな。次作はないのかな?
by mint-de | 2013-02-16 14:45 | 私の本棚 | Trackback

『特捜部Q ーPからのメッセージー』

『特捜部Q ーPからのメッセージー』 
(ユッシ・エーズラ・オールスン 吉田薫・福原美穂子訳 ハヤカワ・ポケット・ミステリ)

前作は期待外れだったけれど、これは面白かった!
助けを求めて、少年は自らの血で手紙を書いた。それを瓶に入れて海へ。
果たして、その瓶を誰かが手にすることはあるのだろうか?
冒頭から気になる展開で、どんどん引き込まれていった。
冷酷な犯人は、かなり気味が悪い。でも、彼がどうしてそういう人間になってしまったのかが細かく描かれているので、ラストの「チャップリンだ」と名乗るシーンには哀れさが漂う。
宗教とか信仰心についても考えてしまう。
スリリングな展開ながら、警部補カールと、彼を取り巻く人々との絡みはユーモアたっぷりで、このギャップが不思議な魅力になっている。
それにしても強烈なキャラ揃いで、離婚したがらない妻のヴィガや、仕事は優秀だけれど謎めいている助手のアサドと個性的なローセなど、ものすごい人たちが登場する。
中でも驚いたのが、ローセ!
姉ユアサの行動は疑問だったが、結局そうだったのかということになるのだけれど、カールもアサドも実に寛容だ。
人物描写も巧みで、上手い作家だなあとつくづく思う。
翻訳もとても読みやすく、こちらの上手さにも感心した。
by mint-de | 2012-08-30 15:43 | 私の本棚 | Trackback

見たり聞いたり、日々思うことをあれこれと…


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