カテゴリ:私の本棚( 75 )

『闇の記憶』

『闇の記憶』 (ウィリアム・K. クルーガー 野口百合子訳 講談社文庫)

(元)保安官コーク・オコナー・シリーズの5作目。今回も面白かった!
コーク自身が命を狙われ、家族も危険にさらされ、事件はナゾを残したまま続編へと続く形になっている。
一人で逃亡するはめに陥ったコークの今後がとても気になる。

保安官に復帰したコークは、ある日、保留地からの通報で現場に駆けつけたが、そこで狙撃されてしまう。
それはコークの命をねらったウソの通報だったことがわかる。
その後、弁護士である妻ジョーが仕事で関わりのあった男が殺害された。
そして、その男の兄はジョーの昔の恋人だった。
ジョーとかつての恋人との再会、またコークをたびたび救うことになるセキュリティ・コンサルタントのダイナとコークの関係も興味深く描かれている。
ダイナがコークの本当の味方なのかどうかはわからないので、そのへんのナゾも気になる。
次作は今年の12月刊行予定。早く読みたいな。
by mint-de | 2011-07-05 14:48 | 私の本棚 | Trackback

『黄昏に眠る秋』

『黄昏に眠る秋』 (ヨハン・テオリン 三角和代訳 早川書房)

面白いミステリだった。
スウェーデンの作家だが、イギリスでも新人賞をとっていて、この作品は世界20か国以上で翻訳されているという。

スウェーデンのエーランド島。ある霧の深い日に一人の少年が消えた。
それから20年以上たっても、少年は行方不明のままだった。
息子の不在を嘆きながら生きてきたユリアのもとへ、疎遠だった父イェルロフから連絡が入る。
少年のサンダルが何者かから送られてきたと。
ユリアは、久しぶりに夏だけにぎわう避暑地エーランド島に帰ることにする。
かつて過ごした家に今は誰もいない。秋風が冷たい過疎の町。
すぐに島から出るつもりだったユリアだが、息子の事件を追ううちに、次第にその心に変化が起きてくる。
寒い冬を待つだけのシーズンオフの風景が、ユリアの心情をよく表している。それでも、事件の真相がわかる頃には、ユリアにも新たに生きようとする気持ちがわいてくる。そして、父と娘の関係にも新たな信頼感が生まれてくる。
ミステリながら、アットホームな雰囲気あふれる作品だ。それと、病気で体の自由がきかない老イェルロフの名探偵ぶりが微笑ましかった。
ユリアやイェルロフが犯人かもしれないと思う、犯罪者ニルス・カントの話が所々で挿入される展開で、彼のナゾが徐々に明らかになっていく様子も興味深かった。
意外な人物が犯人で、ラストは「えっ?」
エーランド島の自然も魅力的に描かれていて、作者は四季の4部作を書く予定で、すでにほかの2作を完成させているらしい。他の作品もぜひ日本語で読みたいものだ。
by mint-de | 2011-06-23 15:04 | 私の本棚 | Trackback

『馬を盗みに』

『馬を盗みに』 (ペール・ペッテルソン 西田英恵訳 白水社)

2003年にノルウェーで出版され、国内外で高い評価を受けた作品だ。
67歳のトロンドは、ノルウェーの東のはずれにある湖畔で、一人で暮らしている。
厳しい冬の生活や老いていく身に不安を感じつつも、彼は魚を釣り薪を割り、長年思い描いていた場所で一人で(&犬)暮らしていた。
あるとき、隣人と話をして、彼は15歳の少年時代を思い出すのだった。
スウェーデンとの国境近くの小さな村で、父と過ごした夏の日々。
美しい自然、きらめく夏の光、馬を盗みにいこうと誘った友、村の人々。
干し草刈り、伐採、材木流しといった肉体労働の描写も実に生き生きとしている。
加えて、レジスタンス活動をしていた父の謎の行動。
少年トロンドは、父の帰りを待ち続けたが、その後父と会うことはなかった。
この小説には、結果がすべて書かれてはいない。ストーリーがあるようでない不思議な魅力がある。
15歳の夏と、冬の湖畔で一人暮らす67歳のトロンド。
その違いは、50年という歳月からくるものだとしても、どちらの世界もとても印象的に描かれている。
どんな風に生きたとしても、「痛いかどうかを決めるのは自分自身なのだ」
by mint-de | 2011-03-10 15:07 | 私の本棚 | Trackback

『行かずに死ねるか!』世界9万5000km自転車ひとり旅 

『行かずに死ねるか!』世界9万5000km自転車ひとり旅 (石田ゆうすけ 実業之日本社)

サラリーマンをやめ、7年半をかけて世界9万5000kmを自転車で旅した石田さん。
旅の風景やそこで出会った人々への感動が生き生きとつづられていて、とても魅力的な旅行記だ。
気に入った景色の場所を訪れると、何日も滞在してしまうなんて、とてもうらやましいけれど、自転車ひとり旅というのは、それなりにリスクが伴うし孤独な旅だろう。砂漠のど真ん中で一人テントで過ごすなんて、私には到底できそうにない。
石田さんはこの旅で、生き抜く力を「経験という大きな財産を通して培われ、養われたように感じる」と書いている。
旅先で出会った人々との交流も、この本の魅力だ。
片足が義足の女性と一緒に歩き、彼女のスピードで見えるものに気付かされたり、食べ物を買うとまけてくれるおじさんやおばさんたち。テントの場所を探していると寒いからといって、家に誘って食事をごちそうしてくれる人もいる。炎天下でバテバテで歩いているとき、通り過ぎた車がわざわざUターンして水を分けてくれたり。強盗に襲われたときもあるが、出会った人々の好意的な態度に、世界には優しい人々がいっぱいいるのだと信じる気持ちになれる。
旅そのものが生きる目的になる、そんな旅ができる人がうらやましいな。(幻冬舎文庫もある)
by mint-de | 2011-02-16 13:57 | 私の本棚 | Trackback

『フランキー・マシーンの冬』

『フランキー・マシーンの冬』 (ドン・ウィンズロウ 東江一紀訳 角川文庫)

フランクはサンディエゴの海を眺めながら釣り人に餌を売り、時には波に乗り、時間があれば恋人と過ごす二人の時間を楽しんでいる。
生活の質にこだわり、日常のささいなことに意味があると思っている。
娘からコレステロールに気をつけるように言われている62歳の身ながら、サンディエゴの海と空と風に満足している。
しかし、フランクには別の顔があった。彼は伝説の殺し屋だったのだ。
その道から足を洗っていたものの、ある日、自分が狙われていることに気付き、ひたすら逃げるはめに。
逃げながら過去を振り返りなぜ狙われるのか考え、襲ってくる敵をかたづけていくのだが、いろんなマフィアや悪人が登場して殺しの場面が多いわりには、あまり陰惨な感じがしなかった。
フランクが最後にどうなるのかと気になって、あっという間に読んでしまった。
政府や有名企業がやっていることのなかには、犯罪者集団がやっていることと変わらないものもあるというフランクの持論に、妙に納得する自分がいたりする。
自分がなぜ狙われるのかわかった時点で、フランクは別の事件を解決することになる。
不死身のフランクがとても魅力的で、『犬の力』とは違い、軽妙なミステリになっている。
by mint-de | 2010-10-06 15:40 | 私の本棚 | Trackback

『五番目の女』

『五番目の女』 (ヘニング・マンケル 柳沢由実子訳 創元推理文庫)

クルト・ヴァランダー・シリーズの六作目。
父親と一緒にローマを旅してきたヴァランダーは、その思い出にひたる間もなく、残忍な方法で殺害された男たちの事件を捜査することに。
進展しない捜査、突然の父の死。
雨ばかり降る秋のイースタは、ヴァランダーの心を日増しに重くしていた。

連続殺人を解決できない警察に不満をもった市民たちのなかからは、自警団までできてしまう。
同僚の刑事の娘は、自警団に影響された生徒たちに襲われてしまい、ヴァランダーは暴力に支配される社会を嘆く。
読者は犯人を最初に知らされているので、犯人の詳細や動機はわからないけれど、ヴァランダーたちの捜査が、早く犯人にたどりつかないかとやきもきしながら読み進めることになる。
著者のマンケルさんは、本当にうまい作家だなあと思う。読み始めると、後を引くお菓子のようにやめられなくなるのだ(^^)

ヴァランダーたちの地道な捜査、同僚たちの暮らしぶりやチームワーク、時折恋人のバイバに思いをはせるヴァランダーの姿には、ホームドラマのような味わいがある。
犯人には、母親のことを思うと同情の余地がないわけではないが、彼女がそこまでする動機にはちょっと違和感が残った。

訳者の方のあとがきを読んで驚いたのだが、マンケルさんは今年の5月、イスラエル軍に攻撃されたパレスチナへの救援物資運搬船に乗っていたという。有名な作家でありながら行動する作家でもあるようだ。こういう経験が、作品へのエネルギーになっているのかもしれない。
by mint-de | 2010-09-13 15:00 | 私の本棚 | Trackback

『ぼんやりの時間』

辰濃和男さんの『ぼんやりの時間』(岩波新書)を読んだ。
ぼんやりすることの大切さを語り、豊かな休息があるからこそ、創造的な力や生命力がはぐくまれると説いていて、とても共感できる。その中で、考えさせられる文章があった。
ターシャ・テューダーの生活に触れ、どんなに忙しくても時間がきたらお茶を飲む、その休みのひとときがあるからこそ疲れがあとに残らないのだろう、そのことは、「いい静があるからこそ、いい動が生まれるのではないか。いい休みがあるからこそ、いい働きが出てくるという面もあるのではないか。暮らしの中心にあるのは、むしろ静であり、休みである。たのしい休みや、幸せな静があるからこそ、創造的な動や働が生まれるのだ。そう思えてならない。」 と、辰濃さんはいっているのだ。
ただ、忙しいから休むというのではなく、休むことが主となる考え方に驚いたが、確かにそういう生活ができたらゆとりが生まれる気はする。ライオンは、狩りをするときに備えて、普段はじっと静かにしている。クマはエサのない冬は冬眠する。自然が支配するこの地球上に存在する人間以外のものは、静の生活から勢いのある動を生み出していると考えられる。人間は、自然に逆らった生き方をした結果、ストレスを抱えるようになったのかもしれない。
忙しく暮らしている人には、静が中心の生活なんて考えられないだろうし、ぼんやりする時間がある人は、それだけ恵まれた生活をしている人といえるだろう。でも、忙しくて時間がないといい続けていたら、一生ぼんやりする時間はできないと思う。どんなにハードスケジュールでも、どんなに貧乏でも、頭をからっぽにしてぼんやりする。心に余白があればあるほど、多様な考え方を受け入れることができ、遊び心が生まれる。そこから興味が増えて人間的に豊かになる。そんな気がする。
根っからの貧乏性の私には、なかなか「ぼんやりの時間」を楽しむ境地にはなれないけれど、そういう時間を増やしたいなと思ったのだった。
by mint-de | 2010-07-06 19:34 | 私の本棚 | Trackback

『グレートジャーニー 人類5万キロの旅5』

『グレートジャーニー 人類5万キロの旅5』 聖なるチベットから、人類発祥の地アフリカへ 
(関野吉晴 角川文庫)

「グレートジャーニー」の最終章。
砂漠地帯や悪路、険しい峠道を、ラクダや自転車に乗ったり歩いたり、幾多の困難を乗り越えて、遂に、人類最古の足跡化石が残るタンザニアのラエトリへ到着。
関野さんの冒険心と行動力には驚嘆するばかり。
私は、このシリーズを読んで、世界にはいろんな人々が生きているのだということを改めて思い知った。
私が想像もつかないような暮らしをしている人々が、いっぱいいるのだ。
電気や水を思うように使えない不自由さを甘受して暮らしている人々。
関野さんが旅の途中で会った人々は、我々の暮らし方とはまったく違う生活をしていた。
生きていくために必要な、最低限の食料や仕事があればそれでいいというような暮らし。
そんな生活を支えているのは、神への感謝の気持ちだ。今回、興味深かったのは、信仰心について。
チベット仏教の信者が巡礼地まで五体投地しながら進む姿をテレビで見たことがあるが、そこまでする信仰心に、私などは「へぇ~」と感心するだけである。
神を信じることで、貧しさや病気や苦難から救われると思うのは自由だが、根本的な解決にはならないだろう。それでも、人々は神に祈るのである。祈ることが生きることなのだ。
関野さんがチベットで会った貧しい家族の父親は、体中傷だらけになりながら、家族の幸せを、生きとし生けるものすべてのために五体投地しながら巡礼していた。
チベット仏教では、「現世で正しい行いをすれば、来世は人間界に戻ることができる」のだそうだ。
エチオピアのキリスト教(エチオピア正教)信者は、来世に天国に行くために祈る。
エチオピアのラリベラには岩窟教会群があって、世界遺産に登録されている。クリスマスには巡礼者たちがたくさん訪れるが、彼らは物乞いがいると、自分たちも貧しいのにほどこしをするのだそうだ。関野さんは、それが天国に行くための善行だとしても、その姿に感動したと書いている。
イスラム教のラマダン中に砂漠を通ったときは、同伴者にすすめられて関野さんも日中断食をしたという。
ラマダンは、「空腹を経験することによって貧しい人の苦しみを知り、救済の気持ちを新たにする」意味があるのだという。飽食の時代、空腹を経験してみるのも悪くないかもしれない。
関野さんが書いているように、人間の限りない欲望を抑えるには、信仰心が重要な鍵になるのかもしれない。
でも、信じる宗教の違いで戦いも起きているわけで、宗教というのは難しいものだ。
関野さんは、この旅のあともいろいろなことにチャレンジされている。
その後の「旅」も、ぜひ読んでみたいものだ。
by mint-de | 2010-06-21 14:03 | 私の本棚 | Trackback

『グレートジャーニー 人類5万キロの旅3』  

『グレートジャーニー 人類5万キロの旅3』 ベーリング海峡横断、ツンドラを犬ゾリで駆ける 
(関野吉晴 角川文庫)

今回は、アラスカからベーリング海峡を渡り、ユーラシア大陸の最東端へ。
アラスカでは700キロ、ロシアでは2000キロも走った犬ゾリの犬たちに感心する。
もちろん、関野さんや一緒に行動する人たち、現地のガイドたちの、過酷な自然と闘う強靭な肉体と精神力にも感心するけれど、彼らの旅を助けた犬や、ロシアのツンドラ地帯を歩いたときに荷物を運んだ馬たちも立派!
今は、スノーモービルを活用しているので、犬ゾリ自体は減ってきているという。
犬ゾリは、犬をしつけるのも大変だし、ソリも走っている途中でひっくり返ったりするので、人間の方も苦労したらしい。アラスカとロシアのチュコト自治管区(シベリア先住民のチュチク族が住む)では犬の扱いが違っていて、チュチク族の犬は、家畜としてかなり役に立っているという。
ロシアのツンドラの湿地では馬が何度も沈みそうになるので引きずり上げたらしいが、馬がちょっと可哀想だと思った。

クジラが大切な食料になっている人たちにも、反捕鯨の影響がでている。捕獲数が決められているのはしょうがないとしても、牛や豚の肉をあり余るほど食している人間が、極寒の地で食べ物に不自由な思いをしている人たちに、これだけしか食べるなというのは酷な気もする。
関野さんは、狩りにも同行してその様子も書いているのだが、チュチク族の巨大なセイウチ狩りなどはすごい迫力だ。昔ながらの方法で大切な食料をゲットするのだ。命と命の戦いだ。セイウチが可哀想だなんて思う私は、食べ物を得るのに何の苦労もしていないからだろう。
トナカイの解体の話は、心に残った。放牧しているトナカイのなかから何頭か選んで心臓をナイフで刺すのだが、トナカイを刺したあとは、トナカイを見ない。トナカイの悲しい目を見たくないからなのだという。トナカイが倒れてからは、ちゃんとお供えをして、魂が天国へいけるように東側を遮らないようにする。肉はもちろんだが毛皮も防寒具として利用できるので、トナカイは、彼らにとってはとても貴重な動物なのだ。感謝の気持ちを常に忘れたくないということなのだろう。関野さんは、解体されたトナカイの脳みそを食べて魚の白子のようだといい、わさび醤油をつけるとおいしいかもしれないといっていて、私は、驚愕したのだった。このシリーズは、私の脳を活性化してくれます!
by mint-de | 2010-05-02 16:29 | 私の本棚 | Trackback

『エコー・パーク』 (ハリー・ボッシュ・シリーズ12)

『エコー・パーク』 (マイクル・コナリー 古沢嘉通訳 講談社文庫)

久し振りのボッシュ・シリーズ。前作の『終結者たち』は、このシリーズでは比較的落ち着いた雰囲気の作品だったけれど、今回は以前のボッシュが「戻ってきたっ!」
意外な展開の連続で、面白いことは面白いのだけれど、あまり驚かなくなってしまった自分が悲しい。大好きなシリーズなのに…

ボッシュがずっと忘れられないでいる未解決事件で、ボッシュが犯人だと思い続けていた男がいた。しかし、別の殺人犯がその事件の犯行を自供したという。本当にその男の犯行なのか?

今回は、ライダーではなくFBI捜査官レイチェルの助けを借りてボッシュが行動することが多いので、探偵二人組みたいな感じだった。でも、男女としてのお付き合いのほうは、やはりうまくいかないみたいで、いい加減こういうパターンも飽きてきたね(^^;) もう少しボッシュに理解のある女性を登場させたらいかがでしょう? もっともボッシュには、一人ぽっちが似合っているとは思うけれど。
サシミに困惑するボッシュがおかしかった。焼き魚はお食べになるようだけれど、生はダメらしい。

これからも楽しみなシリーズだけれど、日本での発売が、アメリカの出版年からかなりたってからなのが残念。もう少し早く読みたいな。売れないと、翻訳されないみたいなことを訳者さんが書かかれていたけれど、そんなことにならないように、講談社さん、よろしくお願いしますね。私も、あとがきにあるように「生きているうちに」、全部読みたいです!(^^)
by mint-de | 2010-04-19 14:23 | 私の本棚 | Trackback

見たり聞いたり、日々思うことをあれこれと…


by mint-de