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函館周辺

今年の5月は、八雲町の銀婚湯温泉、大沼公園、函館と回ってきた。

銀婚湯温泉は、旅館を始めた年が創業者夫婦の銀婚の年だったことから、この名がついたとか。質素で野趣あふれる温泉だった。料理はおいしいし旅館の雰囲気もよくて、昔ながらの落ち着いた旅の宿という感じだった。こういう旅館がもっといっぱいあるといいな。広い敷地には、つり橋や白樺林もあり、川を眺めながら浸かれる露天風呂もある。ちょっとしたハイキングコースだ。
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大沼公園は、駒ヶ岳をバックに大沼と小沼が広がり、周囲の緑がとてもきれいだった。
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函館のハリストス正教会の建物が好き。緑の季節もいいが、雪景色の中、教会から函館の海を見下ろす風景も美しい。冬にぜひ訪れてみたい場所だ。
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元町の坂から港を望む
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函館のカトリック元町教会の美しい建物と、珍しいウコン桜(緑色っぽい花の色)の組み合わせ。
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石川啄木の像がある、啄木小公園から見た津軽海峡。
青森が青く見える(^^)
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by mint-de | 2007-09-28 15:48 | 旅する風

紅葉の奈良

去年の11月は、奈良と京都で紅葉めぐりをしてきた。
京都はものすごい人で、夜にライトアップされたお寺を訪れたときは幽玄な雰囲気を楽しめたけれど、あとはあまりの人の多さに情緒も吹き飛んでしまった。
京都より奈良の広々とした素朴なお寺のほうが私の好みである。

法隆寺は、その広さにただただびっくり。昔の人もここを行き来していたのだなあと思いながら、空を仰いだりすると、なんだか自分も歴史の一部になっている気がする(^^)。
夫は修復する屋根瓦に寄付をした。夫も歴史の一部になりたかったのかも…。
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談山神社はものすごい山のなかにある。樹木もとても大きい。
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夕暮れ近くになったので走りながら門に入った長谷寺は、とても雰囲気のあるお寺だった。
人気が高いのも頷ける。花の咲く春にまた行ってみたいと思っている。
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長谷寺の駅はものすごい高台にある。この坂道を毎日歩いている人がいるなんて信じられない!ハアハアいいながら上って駅に着いたときは、もうすっかり日が暮れていて、ホームに立って電車を待っていたのは、夫と私の二人だけ。知らない町の夕暮れは、妙に切ない気分になるものだ。今でも、寺の思い出とともに、夕暮れのなかを夫と二人で参道から駅に向かい、このホームで待っていたときのことを、なぜか懐かしく思い出す。

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by mint-de | 2007-09-28 15:34 | 旅する風

洞爺湖

ここ数年、法事などで北海道に帰る機会が増え、洞爺湖には毎年のように訪れている。2年前は、シーズンオフの料金を利用して、あの豪華なザ・ウィンザーホテルに泊まることができた。とにかく夢のような空間で、素敵なホテルだった。広大な海の眺めと優美な洞爺湖を眺められるのがホテルのうたい文句だけれど、霧がかかったり、曇りの日は何も見えなくなるので、来年のサミットのころの天気が気になったりする(関係ないけど…^^;)。
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   (ロビーの大窓から見た洞爺湖)
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去年は湖に面したホテルに泊まり、お天気もよかったので湖の美しい景色が楽しめた。
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レークヒル・ファームは、亡くなった姉に教えてもらったところ。
アイスがおいしくて、庭のお花や広い牧草地からの羊蹄山の眺めが最高。
ここにくると姉のことを思い出す。

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by mint-de | 2007-09-28 14:45 | 旅する風

追憶の街

「追憶の街 エンパイア・フォ-ルズ」

WOWOWで放送された(2007年3月)アメリカのドラマ。
久し振りに、しみじみとした思いに浸れる人間ドラマを観た。
川の流れのような人生を、流れに逆らうことなく生きてきた主人公と街の人々。
メイン州のノックス川流域にある平凡な街エンパイア・フォ-ルズは、かつては織物や製紙工場で栄えた街だった。今は、朽ち果てた建物だけが残り、住民たちは、かつての繁栄をもたらしてくれそうな企業が現れるのを、ずっと待ち続けている。

マイルスは、工場を経営していた街の実力者、ホワイティング家の妻フランシーンからレストラン「エンパイア・グリル」を任され、フランシーンの死後は、レストランを譲り受けるという約束を信じて日々働いている。妻とは離婚、娘は高校生、そして、刑務所を出たり入ったりしていた父と、レストランで一緒に働く弟、妻の母、妻の再婚相手、そしてフランシーンの娘、彼らの日常を通して、生きていることの確かさが、静かにそして力強く伝わってくる。

マイルスには、忘れられない母との思い出がある。父親が刑務所に入っているときに、母に連れられて行った島での出来事。見知らぬ男性と、母の幸せそうな顔。母の死後何十年も経ってから、マイルスは、その男が誰であるか気付くのだ。ある日、マイルスはいつも支配的なフランシーンから離れることを決意する。いままでの浅瀬に佇んでいるだけの人生から、勇気をだして川の流れの中に身を置くことにしたのだ。だが、その後、娘の学校で悲劇が起こる。心に深い傷を負った娘を連れて、マイルスは、あの思い出の島に出かける。

島で子ども時代の思い出をたどりながら、自分がいなければ、母はあの男と幸せな人生を送れたかもしれないという思いにとらわれるマイルス。母の看病をするために大学をやめて帰ってきたマイルスに「人生を無駄にしないで」と叫んだ母。立ち直りつつある娘に、「自分の心を偽ることはするな」「いろんな経験が人を強くする」と語りかけるマイルス。

その後、工場だった建物は、新しい企業が買い取り、街は活気を取り戻す。でも、マイルスのレストランは、今までと変わりはない。その昔、原住民が守り、白人達が利用して汚染された川は、ときには洪水で被害をもたらし流域にゴミをためたが、今では魚が泳ぐ川になった。エンパイア・フォ-ルズの日々は、これからも静かに続いていくのだろう。
by mint-de | 2007-09-27 16:15 | 海外ドラマ(S~U) | Trackback

星野道夫さんの足跡

「アラスカ 星のような物語~写真家 星野道夫 はるかなる大地~」

今年の1月4日にNHKで放送された、アラスカでの星野道夫さんの足跡を映像でたどった番組。今の私は、こういう番組が一番好きだ。

自然のあるがままの姿。生きるために大地をかける動物たち。
星野さんの写真と文章、そしてそのシーンに合わせて、1年間かけて撮影した映像がとても美しかった。
心に染み入る自然の風景と動物の世界。
過酷な自然を、こんなに魅力的に描ける力、それは星野さんだから出来たことなのだろう。
極北の地に身を置き、自然と動物を通して、人としての生き方を問い続けた人。

カリブーの大群、クマの親子、オオカミ、見た目は怖い動物たちだが、野生のままに生きるその姿は実に大らかで、愛らしささえ感じてしまう。
星野さんの本にも書いてあったが、地響きをたててやってくるカリブーの群れに、命あるものの力強さを感じる。
人間のような情報の伝達手段がなくとも、何千キロもの旅を続けるカリブーの大群。
命あるものは、生き続ける本能のもとに生きている。まさに生命の神秘なのだ。

番組のラストで、死んだカリブーの角だけが大地に残っている映像に、この言葉が流れる。
「あらゆる生命が ゆっくりと 生まれ変わりながら 終わりのない旅をしている」

死も日常の一部であることを淡々と語っているのだ。

大自然の真っただ中で生きてみると、人間として生きるその存在の小ささを、思い知らされるのかもしれない。
by mint-de | 2007-09-27 16:12 | 観て☆聴いて☆読んで

友情と恋 「灯台守の恋」

「灯台守の恋」  (2005年 フランス映画)

カミーユは、島に住んでいた母が亡くなったので、家を売却するために島にやってくる。
そこで見つけた、母の死後に届いていた母宛ての封筒。その中には、アントワーヌ・カッサンディ著の「私の世界の果て」と題した本が入っていた。本には、父が働いていたジュマン灯台の写真があった。カミーユは、その本を読み、母の秘められた恋物語と父の深い愛情を知るのだった。

1960年代、灯台で働くために、閉鎖的で結束の固い島にやってきたアルジェリアの戦争帰還兵アントワーヌ。イヴォンのもとで仕事をすることになったアントワーヌは、次第に、イヴォンの妻マベに惹かれていく。アントワーヌとマベのひそやかな恋と、アントワーヌとイヴォンの友情。
島にいる限り、よそ者であり、イヴォンを裏切ることはできないと悟ったアントワーヌは、静かにその島を去る。
アントワーヌが去った後に妊娠したマベは女の子を生んだ。その子どもを溺愛したイヴォン。

叔母から、父イヴォンの深い愛情を聞かされたカミーユは、その家を売ることをやめにする。
そして、父とアントワーヌが働いていた、今は自動化されたジュマン灯台を訪れる。
そこには、父と本の著者アントワーヌが並んで写っている写真があった。
カミーユは、家族で過ごした家を残すことで、父の思いにこたえたいと思ったのかもしれない。それとも、叶わなかった母とアントワーヌの恋の思い出を残してやろうとしたのか…。

アントワーヌとマベの切ない恋と、いい人イヴォンとアントワーヌの友情。たとえ、アントワーヌとマベが一緒に逃げ出したとしても、二人は幸福にはなれなかっただろう。イヴォンの存在を、決して忘れることはできないのだから…。

しみじみとした余韻の残る、私好みの映画だった。
邦題だと、恋物語がメインのようだけれど、原題は「L' EQUIPIER」で、多分チームとかメンバーという意味なのだと思う。
by mint-de | 2007-09-27 16:08 | シネマ(た~ほ) | Trackback

女たちへの賛歌 「ボルベール <帰郷>」

「ボルベール <帰郷>」  (2006年 スペイン映画)

ペドロ・アルモドバル監督の作品を観たのは、「オール・アバウト・マイ・マザー」と「トーク・トゥ・ハー」の2作。「トーク・トゥ・ハー」も最初のダンスのシーンが印象的だったけれど、この「ボルベール」も最初のシーンに圧倒される。墓を掃除する元気な女たち、飛び交う喧しいスペイン語と原色の花も強烈で、映画の世界に強引に引き込まれてしまう。挨拶のたびにハグしてほっぺにチュッとするその音も、意識して大きくしているようだった。人とのつながりの大切さと、全編、女たちへの賛歌に満ち溢れている。

主人公ライムンダを演じるペネロペ・クルスの演技もすばらしい。実にしたたかでたくましくて、色っぽい女なのである。娘が誤って殺してしまった夫の死体を片付けるライムンダは、とても冷静だ。それは、娘への愛情があるからできることなのだろう。この映画は犯罪者がいっぱいでてくる。でも、その罪を裁くのは、警察とか権力の場ではない。私は、どんな事情があっても人を殺すのは罪だと思うので、このストーリーには釈然としないものを感じるけれど、この映画はそういうことは問題にしていないのだろう。罰せられるべきは、身勝手な男どもだといわんばかりである。

ライムンダが娘を生んだ事情を知り、ライムンダの母がしたことを知ると、とても笑ってみている場合じゃないと思うのだけれど、「それがどうした?」と思えてしまう不思議な魅力に満ちた映画なのである。お金のないライムンダが、撮影クルーのためにレストランで食事を作ることになった時、すれ違う知り合いたちから、いろんな食材を借りてしまうその強引さにあっけにとられるが、このしたたかさが、女たちの生きるパワーなのだと思った。どんな境遇にあっても、生きることにまっすぐで貪欲な女たちの映画なのだった。
by mint-de | 2007-09-27 16:05 | シネマ(た~ほ) | Trackback

歩け、歩け… 「サン・ジャックへの道」

「サン・ジャックへの道」 (2005年 フランス映画)

母親の遺産を相続するために、1500キロもの巡礼路を歩くはめになる仲の悪い兄弟3人。
一緒に巡礼の旅をするのは、兄弟のほかにガイド、高校生、わけありの女性など6人。
仲の悪い兄弟は、周囲が迷惑しているのに、喧嘩ばかり。でも、2か月も一緒に旅をするうち9人は、次第に絆を深めていく。
キリスト教の聖地への巡礼を描いているけれど、カトリックの差別意識や偏狭さを痛烈に批判している。
騙されてイスラム教のメッカに行くと信じている少年が、巡礼路のシンボル的なモニュメントに上って、アラーの神をたたえるシーンに大笑い。そして、この少年の純粋さもこの映画の魅力。

リュックが重くなって、必要な物以外を捨てていくシーンでは、生きていくには、本当に必要なものだけで十分なのだろう、って思えてくる。
旅を続けるには、疲れても自分の足で歩き続けなければならない。歩け、歩け。気力と体力がすべてだ。それが生きること。

時々挿入される夢のシーンはわかりづらかったけれど、巡礼路の風景に癒やされる。
日本でも四国のお遍路さんが有名だが、電車や車を使わず、ただひたすら歩く行為には、人間としての原点に戻るような新鮮さが感じられる。
でも、2か月間も歩き続ける旅は、私にはとても無理である(^^;)。
by mint-de | 2007-09-27 16:02 | シネマ(あ~そ) | Trackback

「フラガール」

「フラガール」  (2006年 日本映画)
あったか~い気持ちになれる映画を観たいと思ってた。
この映画の限定上映を知って、早速観てきた。いろんな賞を受賞した、凱旋上映ということで1000円均一で観られるのも嬉しい。
笑って泣いて、観終わったあとで、気持ちがとってもスッキリした(^^)
はっきりいって内容は陳腐。こうなるんだろうなあという、想像したとおりの展開だけれど、対立していた人たちの心が一つになっていく様子や、友情、家族愛にジーンとくる。

昭和40年代、福島県内の炭鉱町。時代は石炭から石油の利用へと変わる過渡期。閉山が相次ぐ炭鉱会社では、会社と町を救うため、石炭を掘るときに汲み出していた温泉を利用してレジャー施設「常磐ハワイアンセンター」をつくることに。そして、その施設の目玉となるフラダンスを踊るダンサーは、炭鉱町の施設ということで炭鉱関係者の子女でなければならない。

東京から踊りの指導にきた先生と、ど素人ダンサーたちの猛レッスンがはじまる。先生と素人ダンサーのぎくしゃくした関係、町ではハワイアンセンターに賛成の者と反対の者との対立がある。それでも、最後はみんなの気持ちが一つになって、「常磐ハワイアンセンター」の初日、見事なフラダンス・ショーの幕が開く。

素人ダンサーたちは、裸に近い格好で踊ることに抵抗があった。周りの目も最初は冷ややかだ。住民達も、炭鉱の町から温泉レジャー施設の町へと変わっていくことに戸惑いもあった。それらをクリアして、こういう施設がつくられたんだなあと思うと、実話をもとにしているだけ、感慨深いものがある。

私が一番感動したのは、紀美子と早苗の別れのシーン。最初に踊ってみたいといったのは早苗。紀美子は早苗に誘われてダンサーになった。紀美子は母の反対にあってもダンサーになろうとするが、早苗は、父が炭鉱の人員削減の対象になって夕張に行くことになり、幼い弟妹たちの世話をしなければならないので、宣伝公演の前に、ダンサーを辞めて夕張に行くことになる。今までで一番楽しかった、私の分もがんばってと紀美子にいう早苗。このシーンに涙がでる。自分が好きなことでも諦めなければならなかった早苗の健気さが、切ない。

フラダンスの手の動きには、手話と同じような意味があるという。「私」では、自分に手をむけ、「心」では、心臓のあたりをさす。列車にのった先生に戻ってくれるように頼むシーンで、この手の動きが印象的に使われる。

久し振りに和めた映画なのだった。
by mint-de | 2007-09-27 15:59 | シネマ(た~ほ) | Trackback

自然と人間と動物 「狩人と犬 最後の旅」

「狩人と犬 最後の旅」  (2004年 フランス・カナダ・ドイツ・スイス・イタリア映画)

実在する罠猟師ノーマン・ウィンター本人が出演して、ロッキー山脈の大自然の中で狩人として生きる姿を描いた映画。とにかく大自然の映像がすばらしい。地球にもこんな世界がまだ残っているのだと嬉しく思う半面、こういう自然も森林の伐採などによって年々破壊され、動物の生態系にも悪影響をおよぼしていると聞くと、やりきれない思いがする。

ノーマンは、狩をすることで、生態系を調節しているという。弱肉強食の世界をそのままにしておくと、強いものだけが生き残ってしまう。バランスが大切だということだ。人間という動物も好き勝手をしていると、そのうち大きなしっぺ返しをくらうのではないかという気もしてくる。

厳しい自然の中で生き抜く動物たちの姿にも感動する。私が一番驚いたのは、出合ってもそのまま行ってしまったクマ。じっと動かなければ、クマは襲わないのだろうか? そして、へぇ~と思ったのが、オオカミは人間を襲わない、だから、犬のそばに人間が必ずいるようにすると、犬は襲われないですむという話。

動物の減少で猟師を引退しようかと考えているノーマンのもとに、新しく1匹のハスキー犬アパッシュがやってくる。ノーマンと、ソリを上手にひけるようになるアパッシュの交流を通して、過酷な大自然の中でも、生きていくことができると教えられる。およそ文明の利器とは無縁な生活、そこに生き続けることの困難さにもめげず、そういう生活をあえてするノーマンのような人たちには、私たちは、逆に妙な人間に見えるかもしれない。

ソリを懸命にひく犬たち。ノーマンと犬ゾリが走る光景は、とても美しくて、なぜか涙がでてくる。
人間も動物も共存しつつ地球上に生きている。そんな素朴な思いを共有している気がした。
by mint-de | 2007-09-27 15:56 | シネマ(あ~そ) | Trackback

見たり聞いたり、日々思うことをあれこれと…


by mint-de