碧草の風

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「リンリー警部 捜査ファイル」 第4話

「寄宿舎殺人事件」 前編

ブレッガーホールの寄宿生マシュー・ホエートリーが死体で発見された。寮監のジョン・コーンテルがリンリーの旧友だったことから、マシューの失踪時に依頼を受けたリンリーがそのまま捜査をすることに。

労働者階級の息子であるマシューが、何故、金持ちの子どもが学ぶ学校に入れたのか疑問に思うヘイバース。マシューが残した手紙から、マシューが何かを知ってしまったために消されたと考えるリンリーとヘイバース。そして、それには首席監督生のチャズが絡んでいるらしい。

このチャズ、最初から怪しかった。礼拝堂でタバコをすっていたブライアンとの会話を聞いて、ヤッパリなあと思った。それにしても、校内でマシューの制服を燃やしてしまうなんて、あまりにも考えのない犯人である(笑)。

寄宿学校は少年鑑別所に似ているといったヘイバースの考えに、ヘェ~と思った私。子どもの教育には、そういう育て方もあると思っていたので、イギリス人女性のヘイバースの発言は意外だった。ヘイバースは、ちゃんと親の目の届くところで親が育てるべきだと思っているらしい。自分の親にはあまり愛情をもてないヘイバースだけれど、だからこそ、子どもにはたっぷりと愛情を注ぎたいと思っているのかもしれない。リンリーが、ヘイバースには寄宿学校に対する偏見はないと思っていたといっていたけれど、イギリスではそういう見方をする人も多いということなのだろうか?
by mint-de | 2008-04-28 16:05 | 海外ドラマ(英G~L) | Trackback

私はB型

今日の朝刊に載っていた女性週刊誌の広告見出しに、笑ってしまう。
~「変」っていわれるとうれしいB型有名人の説明書~
泉ピンコさんや真央ちゃん、イチロー選手もB型らしい。血液型と性格との関連は、全く信じているわけではないが、結構当たっている部分があって、話のタネとしては面白いと思っている。

とかく、変わっているとか、マイペースとか揶揄されるけれど、私は個性的な人が好き。
自分がB型なのにB型が好きだ~、なんていうのも「変」かもしれないけれど、愛すべきB型なのだ。多分、私は典型的なB型人間なのだと思う。私がB型だというと、「そうだと思った」といわれることが多い。「それってどういう意味?」(^^;)
欠点としていわれている「熱しやすくさめやすい」ところも、残念ながら、あたっている。
やってみよう!、といろいろ挑戦してみても、結局途中で飽きてしまって、やめてしまうことが多い。通信教育や講座も、長続きしなかった。それでも、ブログは、ちょっとやめた時期もあったけれど、3年半続けている。これだけは続けていきたいな。
ちなみに夫はO型。B型の女性とO型の男性は相性がいいらしいから、夫の選択は間違ってなかったのかも(笑)。うちは夫を除いて、みんなB型人間。かなりマイペースな家なのだった。ところで、犬はどうなんだろう?うちの犬も、かなりマイペースな犬なのだ。お気に入りのボールを自分がもっていたら、ほかのボールを投げてもまったく興味を示さず、ひたすらお気に入りのボールをかじっている。どんな犬もボール投げが好きだとは限らないのだった。

ココロは、この葉っぱの奥のように、見えなくて、わからないモノだから、人は、あれこれ詮索してしまうのだ。

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by mint-de | 2008-04-24 21:42 | 木陰日和

自分のペース

いつもは電車か車で行くレンタルDVD屋さんへ、歩いていってきた。
今日は、少し暑いくらいの気候なので、25分くらい歩いただけで、
帰りは、「もう歩きたくない」(^^;)。
電車に乗って帰ったら、たった2分で駅に着いた。あっという間の時間だ。25分と2分。
私を疲れさせた25分間は、私の体のエネルギー消費に役立ち、気持ちを少し軽くしてくれた。

たった2分の移動は、時間の節約にはなる。でも、このスピードになれてしまったら、
イケナイのではないか。ときには、自分のスピードを確かめなくちゃ。
ふと、そんなことを、思った。


白い舞 ショウブ
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水色の気品 アイリス
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サテンのきらめき アザレア
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by mint-de | 2008-04-23 16:09 | 木陰日和

クマンバチ(クマバチ)

今日は、朝からいいお天気だ。久し振りに、大きな青空を見た気がする。
庭では、いろんな花が咲き誇っていて、とても華やかだ。
我が家には、古いフジの木があって、この時期、見事な花を咲かせてくれるのだけれど、ただ一つ困るのが、クマンバチの飛来、とずっと思っていた。
クマンバチは、とにかく大きくて黒いハチなので、見ただけで、「こわっ!」。
だから、フジの花はきれいだけれど、クマンバチが飛んでくるからなあと、フジを嫌がっていた私である。ところが、つい最近、クマンバチは「そんなに怖くない」ことがわかった。
クマンバチさん、今まで悪者にしていて「ゴメンナサイ」
なんでも、スズメバチのことをクマンバチといったり、黒い体に黄色の部分があって似ているからか、また、アニメで間違って描かれたりして、スズメバチ同様、危険なハチと誤解されているとか。ハナバチの仲間なので、こちらから手をださなければ、襲ってくることはないらしい。

物事は、見た目で判断せず、ちゃんと知ることが大切なのだ。

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by mint-de | 2008-04-22 13:50 | 木陰日和

「リンリー警部 捜査ファイル」 第3話

「裁きのあと」 後編

ロバータの告白にビックリ。原作では、オリビアの娘を自分と同じ目にあわせられないという気持ちの方が強かったのに、ドラマでは父親の愛情が移ってしまうのが最大の理由みたいで、まるで嫉妬心からやってしまったように描かれていた。父親の異常さには変わりはないけれど、なんだかなあ…。
いろいろ知っていた神父に、ボケたふりをしてもだめだといったリンリーの言葉に、ちょっと笑う。罪深きは、汝、神父さんですよ!

リンリーの夜の行為を早とちりしてかばったヘイバースだけれど、原作では、その通りだった。デボラを忘れたくてそうなっちゃったみたいだけれど、捜査中にそれはマズイだろうと思っていたので、こちらはドラマの展開の方に納得。

ヘイバースの弟の話は、悲しい。自分の子どもを見舞うのがつらくて、病院に来なくなる親というのは信じられないけれど、ヘイバースが、そのことを両親が忘れないように祭壇をつくり、その結果、両親が心を病んでしまったなんて、随分、残酷な話である。

今ここで辞めたらみんなの思う壺だといって、ヘイバースをなだめたリンリー。やっと、リンリーが格好よく見えた(笑)。

ヘイバース役のシャロン・スモール、「Dearフランキー」でヒロインの友人役で出ていた女優さんだった。ずっと見覚えがあるなあと思っていたけれど、今頃気がついた自分の記憶力にガックリ(^^;)
by mint-de | 2008-04-21 14:13 | 海外ドラマ(英G~L) | Trackback

あまりにも遅い「つぐない」

「つぐない」 (2007年 イギリス映画 監督ジョー・ライト)

イアン・マキューアンの小説は、第1部の話の流れに馴染めず、斜め読みしてしまったので、そんな落ちこぼれ読者にとって、映画は、ものすごくわかりやすくて、つぐないよりも愛がテーマの作品のように思えてしまった。

原作では、「神が贖罪することがありえないのと同様、小説家にも贖罪はありえない」とか、「真実と、想像の結末」とか、小説家に何ができるのかといった、いろいろ難しいテーマが込められているけれど、映画に関しては、セシーリアとロビーの切ない愛、ブライオニーの罪とつぐない、そんな愛も罪もつぐないも、こっぱみじんにしてしまう悲惨で非情な戦争が、淡々と描かれている。

1935年の夏、13才のブライオニーは兄の帰省を祝って戯曲をつくる。書くことが好きな多感な少女は、姉セシーリアと使用人の息子ロビーのある行為を目撃し、複雑な感情を抱いてしまう。ブライオニーのロビーへの片思いがそうさせてしまったのかナゾではあるが、ブライオニーの語った、装飾された事実によって引き裂かれてしまうセシーリアとロビー。後年、ブライオニーは二人に謝罪しようとするけれど、あまりにも遅い行為に、私は呆れてしまう。

セシーリアとロビーの悲恋は、二人の愛の強さと情熱が、「悲しさ」を「美しさ」に昇華させていて、上質なラブストーリーを見ているようだった。前半の明るい田舎の風景に比べると、北フランスで敗走する兵士たちを描いたシーンや、傷を負った兵士たちで一杯になるロンドンの病院のシーンは、とても重い。個人ではどうしようもない大きな力で奪われてしまう命のはかなさ。戦場の無数の死体に打ちのめされるロビーは、ブライオニーと戦争によって、夢見た人生を断ち切られてしまったのだ。セシーリアへの思いを支えに、不安な日々を耐え続けたロビーが、あまりにも哀れだ。

老年のブライオニーが創作した二人の幸せな結末。私も、あの青い海を見下ろすコテージで、二人が仲良く暮らすその後を想像したい。
by mint-de | 2008-04-19 20:18 | シネマ(た~ほ) | Trackback

「今夜、列車は走る」

「今夜、列車は走る」  (2004年 アルゼンチン映画 監督ニコラス・トゥオッツオ)

重たいテーマながら、さわやかな感動を覚える作品だ。内容から堅苦しい映画を想像していたけれど、随所にユーモアもあり、現実の問題をうまくまとめている。新人監督の力量を感じさせる映画だ。

すべて運命だとあきらめてしまったら、お終りだ。たとえ絶望的な状況に置かれても、変えようと努力し続けることが大切。職を失った大人たちが希望をもつことを願って、子どもたちが列車を走らせるシーンに胸が熱くなる。

赤字路線の廃止で、突然、鉄道員の職を奪われた人々。
仕事を失った5人の鉄道員と、自殺した鉄道員の息子のその後が描かれる。
「自主退職」のサインを拒み、修理工場に住み続ける老鉄道員。
すぐに仕事が見つかった者もいれば、なかなか見つけられない者もいる。

彼らは、怒りと挫折感に苦しみながら、あることに気づくのだ。
「このままではダメだ」「なぜ、自主退職に簡単にサインしてしまったのか」
「何か方法はなかったのか」
父を失った息子は自問する。「運命は変えられないのか」

息子は、希望に向かって、列車を走らせる。運命を変えようという意志をもって。
by mint-de | 2008-04-17 14:22 | シネマ(あ~そ) | Trackback

「パンズ・ラビリンス」(DVD)

「パンズ・ラビリンス」 (2006年 スペイン・メキシコ映画 監督ギレルモ・デル・トロ)

いい映画だった。過酷な現実にファンタジーを織り交ぜ、どんな境遇にあっても自由な心を持ち続けることの素晴らしさと、戦争の悲惨さ、独裁者への批判を描いている。

1944年のスペイン、ゲリラとフランコ軍の戦いが続いている時代に、少女オフェリアは、母親の再婚相手であるフランコ軍の大尉のもとへやってくる。母親の体に宿る自分の子どもにしか興味のない冷酷な大尉に、オフェリアはなじめない。

そんなオフェリアの前に、やってくる途中で見かけた妖精が現れる。妖精に導かれて、オフェリアは迷宮の守護神パンに会う。パンがいうには、オフェリアは地下の魔法の国の王女で、父親がずっとオフェリアを待っているという。3つの試練に耐えられれば、亡くなった父親に会えるかもしれない。そう信じたオフェリアは、試練に挑むことにする。

過酷な現実を、なんとか乗り越えようとする少女オフェリア。
ゲリラの弟のために、危険を冒しながら大尉に仕えるメルセデス。
人として仕事をする良心的な医者。圧政下で試される、人間としての行い。
最後の試練で、オフェリアはパンの指示に逆らってしまう。
それは、人間として許されない行為だったから。

オフェリアは勇敢で夢見がちな少女だ。結末は悲しいけれど、彼女の想像力が彼女を救ったといえるだろう。

この映画が公開当時、映画評を読んでも、どういう映画なのかピンとこなかったけれど、やっと納得できた。ファンタジーが現実をよりリアルにあぶりだしている、すぐれた映画だと思う。
by mint-de | 2008-04-14 15:46 | シネマ(た~ほ) | Trackback

「リンリー警部 捜査ファイル」 第2話

「裁きのあと」 中編

今週は、ヨークシャーの広大な景色がいっぱい見られてよかった。展開はわかっているけれど、結構楽しめるものだ。

ウィリアムの農場を相続するリチャードと、ロバータ、ジリアンの関係、謎めいているステファとエズラ、捨てられた赤ちゃん。リンリーとヘイバースは、なかなか事件の真相にたどりつけないでいるが、ウィリアムの妻テッサの話から、ウィリアムの暴力的な一面がわかったことと、ロバータがジリアンの名に反応したことが収穫。

サイモン夫婦の旅行先は、ベニスではなく、ヨークシャーだった。デボラを見て動揺を隠せないリンリーの態度に、ヘイバースは彼のデボラへの愛に気づいてしまう。あんなにバレバレな態度は、子どもだってしないのでは…(笑)。

リンリーとヘイバースのぎくしゃくした関係も、事件を解決したいという目的意識が一致し、少しずつ相手の素顔も見えてきて、以前よりはよくなる。

原作とドラマは別物と思うようにしているけれど、サイモン役の俳優さんだけは、違和感ありまくり。私のイメージでは、沈思黙考の哲学者タイプだったのだけれど…。ドラマの彼だったら、デボラの選択に疑問符がついたりして…(^^;)
by mint-de | 2008-04-14 14:52 | 海外ドラマ(英G~L) | Trackback

ふだんもっとも会えない誰か

独りで旅をするときは、ひとは、ふだんもっとも会えない誰かに会いにゆくのだ。

ふだんもっとも会えない誰かというのは、じぶんだ。

雨あがりの、冬の薄暮の、人影のない砂丘でわたしが会ったのは、

水平線の高い冬の日本海を見ていたもう一人のわたしだった。

  (長田弘 『人生の特別な一瞬』 晶文社・「冬の砂丘」から)



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by mint-de | 2008-04-13 07:08 | 詩と言葉から