碧草の風

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お雛さま

今日は、お雛さまをかざった。
一昨年までは、お内裏さまだけをだしているほうが多かったけれど、
夫が日本独特の伝統や風習を大事にしたいといいだしたのと、
しまったままでは、お雛さまが可哀想という気持ちもあり、
去年からは、ちゃんと全部かざっている。
義母にも手伝ってもらって、1時間くらいでかざり終える。
娘が小さかった頃は、義父も加わりみんなでかざったものだ。

お雛さまは、娘が1歳のとき、私の両親が買ってくれた。
有り難いとは思ったけれど、その当時は育児に忙しくて、
親への感謝という気持ちは、あまりなかった親不孝な私。

1年に一度だけ、お雛さまを箱から取り出して、その人形の顔や
丁寧に作られた道具を見ながら、親の気持ちを思う。
23年たっても、色あせず、やさしさと気品をたたえた人形たち。
お雛さまを作った職人たちの技。

お雛さまをかざるということは、昔日を思い、過ぎていった人々を敬うという
行為でもあるのかもしれない。

今、西武とWBC日本代表の試合を見ている。
今は西武が勝っている!
スクイズをやるなんて、渡辺監督最高!
それと西武の応援が多いのもうれしい。
こんな日本代表、ちょっとねぇ…。
by mint-de | 2009-02-28 20:40 | 木陰日和

侍は茶髪ではダメ?

ヤフーのトピックスを見てビックリ!
野球のWBC日本代表の西武涌井と中島が、茶髪と長髪をやめるという。
監督とコーチが、「侍ジャパン」にはふさわしくないといったとか。
中学生じゃあるまいし。
監督とコーチは、身だしなみで野球に勝てると思っているのだろうか?
それに、そういう規則があったわけ?
大体、「侍ジャパン」ってナンですか?
私は、最初からこのネーミングが嫌いだった。
「侍」に強さをイメージしたのだろうけれど、侍は刀で人を斬っていたんでしょ。
そんな人たちを、スポーツの世界にもちださないでほしい。
確かに、長髪はプレーの邪魔になりそうな気はするし、見た目はよくはないけれど、
それは、本人が決めること。
こんな監督とコーチが指揮をとる試合、何だかもう興ざめ。
西武との強化試合、西武を応援しようっと。でも、勝てるわけないか(^^;)
by mint-de | 2009-02-27 15:51 | 社会畑

色いろな心

公園を歩いていたとき、赤い服の女の子が目にとまった。
枯れ草と茶色い木々の中で、その赤い色は、とても鮮やかに見えた。
冬枯れの景色の中で、そこだけ華やかな花のように見える。
ここ数日、お天気がよくなくて灰色の空ばかり見ていたせいか、
その赤い色に、ちょっぴり元気をもらう。
色が、人間の心理に影響を及ぼすことは知られているけれど、
赤い色は、やはり人を高揚させる色なのだと思う。
普段は、好きな色の服しか着ていない私。
でも、人と付き合うには、TPOで、色を使い分けることも大切だと、実感。
人は、他人の服の色を見ているほうが多いわけだから、
人の目と心に、やさしい色を着られたらいいな。

今日は雪。花も寒そう。
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by mint-de | 2009-02-27 15:20 | 木陰日和

旅立ちはシンプルに

「おくりびと」がアカデミー賞の外国語映画賞を受賞したのは、とても喜ばしいこと。
でも、ものすごい騒ぎように、ちょっとなあと思ったりもする。
大体、今までの外国語映画賞をとった映画を、どれだけの人が見たのだろう?

納棺師の仕事が話題になっているけれど、うちの母もああいう方にお世話になった。
はじめてそういう場面を見た私は、正直、自分のときは病院できれいにしていただいたら、もう何もしないでほしいと思った。だって、知らない人に、体を触られたくないもの。
奥ゆかしい儀式ではあるけれど、信仰心のない私は、シンプルに旅立ちたいと思っている。
その話を夫にしたら、大丈夫だといわれた。私の重さだと、動かすのが大変だから、どっちみちできないと!綾小路きみまろさんじゃないけど、「青森にいかなくても見られるねぶたかな」、ってこと?(プンプン)
by mint-de | 2009-02-25 19:36 | 木陰日和

「WITHOUT A TRACE」  第80話 (4-10)

「幕が下りる時」

今回も、失踪者を追うといういつもの展開じゃなくて、人生にとっての「記憶」がテーマで、見応えがあった。
過去の出来事から記憶を失った若い女性、反対に過去の記憶が生きる支えの老人。
二人を対照的に描きながら、心のよりどころとしての家族のあり様が、しみじみ伝わってきた。

サマンサのもとへ福祉局の友人から電話が入る。記憶をなくした若い女性が保護されているので、力になってほしいというのだ。その女性の体に異常はなく、気付いたら道路の上だった、自分が誰で、何をしていたのかまったくわからないという。記憶が戻らないと、そのまま施設送りになるという友人の言葉に、サマンサは手がかりを求めて動きだす。

女性を見たという目撃者の話から、彼女は血のついたコートを着ていて、声をかけても混乱した様子だったという。脱ぎ捨てたコートに付着していたものとメトロカードから、彼女が小劇場の女優だったことがわかる。
劇場の演出家によると、彼女はカーメンといい、弟を亡くした女性の役だったが、公演が近づくにつれて、演技がうまくいかず、屋外で、役を降りてもらう話をしているときに、強盗に襲われ、刺された演出家が血を流すのを見てパニックになり、どこかに行ってしまったという。

カーメンの友人によると、彼女は、芝居の練習をはじめたころから落ち込んでいたという。捜査の結果、カーメンには弟がいて、小さい頃にハチに刺されて死んでいたことがわかる。カーメンは目の前で死んでいく弟を見ていたのだ。役作りで過去の悲しい出来事を思い出し、演出家が刺されたのを見たことが引き金となり、カーメンはすっかり混乱してしまったのだ。

カーメンには血やナイフといった断片的な記憶があり、自分が人を殺したのではないかと不安に思っていたので、サマンサが家族の写真を見せても、幸せそうで別人みたいだと話す。記憶は戻ってくるかと聞くカーメンに、サマンサが励ます言葉にジーンとなる。記憶がなくても、愛してくれる家族がいると…。ちゃんと思っていてくれる人がいるというのは、幸せなことなのだ。

ジャックは、父のことで連絡が入り、老人ホームへでかけていく。腎不全なのに治療を拒否していると聞き、父を説得しようとするが、父親は生きていてもしょうがない、人間らしく死にたいといい、ジャックの話を聞こうとしない。父親は、過去の記憶の中で生きているようだった。

アルツハイマーが進行していることもあり、強制入院の手続きをとるジャック。しかし、部屋から出るのに父が激しく抵抗したため、思いとどまる。その後、父親は入院を承諾したが、ジャックが部屋を離れ、戻った時には、永久の眠りについていた。
認知症のお年寄りの世話は大変だ。私も経験してきたことなので、この二人のシーンは、胸に迫った。

過去の記憶に苦しむ若い女性、幸せだった記憶のなかで生きていたい老人。
記憶と、人生と、そして家族の物語。
by mint-de | 2009-02-25 14:54 | 海外ドラマ(V~Z) | Trackback

「SPIRAL~連鎖~」 第1話

ミステリチャンネルで、5月にシーズン2が放送予定のフランスのドラマ
「SPIRAL~連鎖~」。一昨年放送されたときに、検事ピエール・クレマン役のグレゴリー・フィトゥーシのまっすぐで澄んだ眼差しと繊細な演技(公式サイトのちょっと照れている彼のインタビュー<videos→interviewsをクリック>が素敵)、一途な仕事ぶりで部下思い、そして、当の検事の前であなたはいい男だといってしまえる正直者の女警部ロール・ベルトが気にいって、続編を楽しみにしていたドラマ(シーズン1はDVDも発売されている)。
2が始まる前に、1をざっと復習しようと思う(全8話なので週に1度のペースで)。
一つの殺人事件の捜査中にも、さまざまな事件が起こり、事件をめぐる人々の心の葛藤や人間模様も見所だ。検事のクレマンと警部のベルトは、ノーマルな感じだが、判事のフランソワ・ロバンと弁護士のジョセフィーヌ・カールソンの二人は、ちょっと妙で、あやしい雰囲気がある。
判事が事件の捜査をあれこれ指示するのと、ピエールとロールが、殺人から暴行の告訴事件まで、あらゆる事件を担当しているのは疑問だったけれど、ドラマとして見ているぶんには、面白い。

第1話

殴られて顔をめちゃめちゃにされた、身元不明の女性の死体が発見された。
そこで会った警部のロール・ベルトと新しく着任した検事ピエール・クレマン。
女性は、骨折して体内にいれられていたプレートから、東欧圏の出身、そして行方不明者のリストから、ルーマニアのソフィアという少女が浮かんでくる。彼女のアパートの隣人の話から、死体は、ソフィアの失踪届けを出していた姉のエリナと判明する。
エリナは働き始めたばかりなのに、豪華な部屋に住んでいたのを不審に思うベルト。
捜査の結果、エリナは殺害される前に、タクシーに乗っていたことがわかり、そのタクシーに手帳を置き忘れていた。その手帳には、著名な人物の名前がいっぱい記されていた。
そして、エリナがタクシーを呼んだ場所は、なんとピエールの友人ブノワの家の前だった…。

検事ピエール・クレマン
クレマンのもとへ、魔女の格好をした幼稚園の先生に娘が殴られているので、告訴したいという両親がやってくる。クレマンは、訴えられた先生から事情を聞くが、彼女は事実を否定するものの、魔女と子どもについて意味不明の言葉を口にする。クレマンが精神鑑定を受けるようにいうと、いまの子どもを教えるのは大変だ、私は以前にも身勝手な親に追い込まれ、今度はあなたに追い込まれると嘆く。
結局、姉が妹をいじめていたことがわかる。その両親は、先生を辞めさせたくて虚偽の嘆願書を提出していたのだ。あくまでも自分達の正当性を訴える母親に我慢がならないクレマン。親と教師、子どもの教育に関する問題はどこの国でも起きているようだ。
以前にも心を病んだことがある先生は、また施設送りになる。先生を追い込んでしまったことを悔やむピエール。
妻のマリアンヌと別居中のピエールは、友人のブノワから、家を紹介してもらう。
豪華な部屋だったが、ブノワは仕事の客用に用意してあったものなので、家賃はいらないという。しかし、それにはブノワの企みがあったことをピエールはまだ知るよしもなかった。その後、ピエールは殺人事件の被害者エリナがタクシーを呼んだ場所が、ブノワの家の前だったことを知り、ショックを受ける。

警部ロール・ベルト
ベルトは、新しい検事がいい男だと部下のフロマンタンやジルに話す。
ジルは、情報をもらっている女からコカインまでもらっているとんでもない刑事。ソフィアの家を張り込み中に、そのヤクを味見していて、部屋を荒らした男に気付かず、ベルトになじられ、さらにコカインを味わう。
エリナの手帳が見つかったことで、ベルトは、迅速に仕事をしているでしょうと、自慢げにピエールに話す。
そのピエールが、子ども達を守ろうとして耳を傾けたのに先生を追い込んでしまったと悔やむのを見て、ベルトは正しいことをしたのだとクレマンを慰める。

判事フランソワ・ロバン
ロバンは、ある弁護士が法廷で倒れて亡くなったと聞いても、別に悲しくはないと平気で口にする。
そして、ベルトの仕事が迅速なのは、検事を喜ばしたいからだと、からかう。

弁護士ジョセフィーヌ・カールソン
カールソン弁護士は、裁判中に法廷で倒れた上司の弁護士に代わって、自分が弁論するから裁判を続行してほしいと、クレマンに頼む。その弁論は、自分が書いたものだから、勝つ自信があるという。その言葉通り勝訴したカールソンは、上訴したら今度は負けるかもというクレマンに、その時は自分は関係ないからどうでもいいという。そして、そんな強気で打算的な彼女の前に、うちの事務所にこないかという女性が現れる。
by mint-de | 2009-02-23 14:59 | 海外ドラマ(S~U) | Trackback

ポテトサラダの味

ある情報誌を読んでいたら、ポテトサラダに牛乳を入れるレシピが載っていた。
私は、いつもマヨネーズに酢とからしをちょっとだけ入れてつくっていたけれど、
姉の命日が近いので、レシピ通りにつくってみた。
牛乳が入ったなめらかなポテトサラダ。
でも、その味は、8年前に姉が入院していた病院で食べたサラダに比べると、
いまひとつの味だった。
危篤状態の姉の病室に詰めていたとき、姉の友人が、何回か食事をつくって
持ってきてくれた。おにぎりや味噌汁、どれもとてもおいしかった。
外に食べにいく気力がないときに、そういった差し入れは、本当にありがたかった。
その中に、とてもなめらかなポテトサラダがあったのだ。
料理上手な方で、具材の切り方、味付け、どれもプロ並みの腕前。
みんなで、つかの間、姉のことを忘れ、その料理のおいしさを口にしたものだ。
私は、昔から料理をつくるのは苦手だった。
でも、人が困っているときに、こんな風に料理をつくってあげられる人になれたらいいな。
そのときは、そう思った。
いまだに、料理の腕はいまいちだが、なんとか腕を上げたいものだ。
姉が亡くなって、もう8年。
冬の日の、小雪の舞う空に時折見えた青空と、あのポテトサラダのおいしさを、
私はときどき思い出すのだ。
by mint-de | 2009-02-22 11:17 | 記憶の鞄

自分ではない誰か

仕事帰りの電車内で、あらかわ遊園の中吊り広告を見た。
小さな遊園地には、懐かしさを感じてしまう私。
多分、小さい頃に乗った、デパートの屋上の乗り物の思い出とつながるからだろう。
クラシックなメリーゴーランドの写真に、私が楽しそうだなというと、
仕事仲間が一言。「コスプレばっかりで、恥ずかしくて入れない」
私は、その返事に笑ってしまった。

コスプレさんが恥ずかしがるのではなく、見ているほうが恥ずかしくなるという気持ち。
私も最近、コスプレさんをよく見かけるようになったけれど、私くらいの年齢になると、
やはり、突然あのような格好に出くわすと、「??」と思ってしまう。
まして、アニメやゲームの知識がないと、何の衣装なのかもわからず、疑問符のオンパレードとなるのである。

コスプレさんたちは、実に堂々としていて、華やかな衣装を誇らしげに着ている。
そういう中にいると、逆に普通の格好の私は、身の置き所がないような感覚におちいってしまうから不思議である。自分ではない架空の誰かに変身しながら、彼らは、何を夢見ているのだろう。
確かに、束の間、自分からの解放感というものを味わえるのかもしれない。
私も、自分ではない誰かに、なってみたい気はする。
でも、とも思う。変身するのではなく、自分自身のままで、何かをつかまえてほしいよね。
「ごっこ遊び」は、幼児の遊びじゃないのかと…。
by mint-de | 2009-02-21 15:52 | 社会畑

「ディファイアンス」

「ディファイアンス」  (2008年 アメリカ映画 監督エドワード・ズウィック)

実際にあった話。そのことに圧倒される。
生と死のギリギリの境界線上を、綱渡りのように歩かざるを得なかったユダヤ人たち。
人間らしく生きたい、その思いで3年もの間、森の中に隠れ潜んでいたという。

1941年夏、ナチス・ドイツ軍に侵攻されユダヤ人狩りが始まった町から、多くのユダヤ人たちが、ベラルーシの森に逃げ込んでいた。ビエルスキ家の兄弟たちも、両親を殺され、森に潜んでいた。トゥヴィア、ズシュ、アザエル、アーロンの4人。やがて、トゥヴィアたちの回りには、逃れてきたユダヤ人たちが集まり、その数は次第に増えていく。

復讐に燃えるトゥヴィアたちは、武器を奪い、「ビエルスキ・パルチザン」を名乗って、ドイツ軍の兵士や協力者を殺し、食料を強奪していくが、あることをきっかけに、トゥヴィアの考えが変わる。敵と戦うのではなく、動物のように扱われているユダヤ人が、「自由を取り戻し、人間らしく生きるため」に戦うのだと。トゥヴィアは、死を待つしかないゲットーの収容者にも呼びかけ、森の中に、共同体をつくっていく。

しかし、弟のズシュは兄の考えには同意できず、「本物の戦いをする」といい残して、ソ連赤軍に加わってしまう。喧嘩別れのようになってしまった兄弟だったが、共同体の危機を救ってくれたのは、ズシュだった。そして、トゥヴィアが打ちのめされそうになったとき、みんなを鼓舞したのはアザエルだった。普通の商店主や農民だった兄弟たちは、困難な状況のなかで、たくましくなっていったのだ。

飢えをしのぎ、寒さに耐え、敵から逃れるために命からがら移動し、敵の攻撃に怯える日々。リーダーとしてのトゥヴィアの苦悩。共同体のなかでは意見のくい違いや争いもある。それらを乗り越え、彼らは、森の中に病院や学校までつくり、町に姿を現したときには、1200人にもなっていたという。

森の中では、恋も芽生え、結婚式もある。
不自由な生活ではあるけれど、心の自由は奪われてはいない。
生きるという強い意志に支えられた彼らの強靭さに、心を打たれる。

ダニエル・クレイグのボンド役は一作しか見ていないけれど、この実直そうな役のほうが合っている気がした。
by mint-de | 2009-02-19 14:51 | シネマ(た~ほ) | Trackback

冬だけのぽっぽや

世の中には、「へぇ~、そんな仕事があるんだ」と、感心してしまう仕事がある。
あまり知られていないけれど、そういう仕事をしてくれる人がいないと大勢の人が
困ってしまう。
昨日の朝日の夕刊に載っていた、「人・脈・記」の「心の鉄路」。
北海道の中央部に位置する、34年前までは駅があった上越信号場で働く、
冬季だけのぽっぽやの話。
石北線の鉄路を、雪や凍結から守るために、雪かきをするのが仕事だ。
たった二人で、24時間勤務する。
周囲には民家もなく、電話もテレビもない、雪に囲まれた仕事場。
列車が無事に通過できるように、懸命に雪をかく。それが仕事。
除雪車だけでは無理なのだろう。豪雪地帯ならではの仕事だ。
冬季以外は、農業をやっている人たちが多いそうだ。
冬は、家にいても退屈なだけだから、3日に1度の24時間勤務も楽しいという。
相棒とラジオと雪かき。そして、時折通過する列車。
記事を読んでいるだけで、白い世界に響く、雪をかく音や列車の通過する音が
聞こえてくるようだった。
とても孤独で重労働な仕事だと思うけれど、そういうところに1日いるのも、喧騒の
社会からの逃避というか、たしかに悪くはないなと思えてくるのだった。
by mint-de | 2009-02-17 14:04 | 観て☆聴いて☆読んで