碧草の風

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「恋するベーカリー」

「恋するベーカリー」 (2009年 アメリカ映画 監督ナンシー・マイヤーズ)

中年おばさんとおじさんのロマコメは、「笑い」が、ちょっと情けないかも(笑)。
でも、とにかくメリル・ストリープの笑顔が素敵だった。彼女が笑っていないシーンは、ほとんどなかったのではないかと思えるくらい、よく笑っていた。人生を楽しんでいる輝きが感じられた。

ジェーンは、バツイチではあるけれど、三人の子どもを育て上げ、ベーカリーの経営も順調で、家の改築も計画中。そんなとき、息子の大学の卒業を祝うためにでかけたニューヨークのホテルで、元夫のジェイクと偶然会ってしまう。10年前に夫の浮気が原因で別れた二人。ジェイクはその浮気相手の若い女性と結婚しているのだが、なぜか、ジェーンに言い寄ってくる。酒の勢いもあって、一夜を共にする二人。
ジェーンは、相手が元夫とはいえ、不倫をしていることになるので、罪悪感を覚え、元夫と関係をもってしまった自分にも戸惑う。ジェイクはそういう「前科」があるので、全然気にしていないし、結婚生活がうまくいっていないこともあって、ジェーンに猛アタック。そこに、家の改築を担当する建築家のアダムも加わり、三角関係の恋へ…

離婚した元夫婦の気持ちというのは、よくわからないけれど、愛情が残っていたりするのだろうか?
ジェーンが、ジェイクとこういう関係になること自体、私には不可解。ジェイクのような男は常に女がいなければダメなタイプで、ただのわがまま男に見えてしょうがない。あんなに太ってしまったアレック・ボールドウィンが演じていたので、なおのことそう思ってしまうのかも(笑)。「ゲッタウェイ」の頃は、まだ格好よかったのにねぇ…

ジェーンは、不本意な形で終わってしまった結婚生活を、自分の意思でしっかりと終わらせたかったのかもしれない。10年たって、やっと自由な気持ちになることができたのかも。彼女の人生は、これから。
素敵な恋をして、もっともっと輝いて!っていう中年おばさんのための映画だったのです(^^)
とにかく笑えます!
by mint-de | 2010-02-25 14:52 | シネマ(あ~そ) | Trackback

「ディア・ドクター」(DVD)

「ディア・ドクター」 (2009年 日本映画 監督西川美和)

村でたった一人の医者が失踪した。
その医者を捜すうち、村人たちは、彼が医者ではなかったと知らされる。
「?」
自分たちの命綱として頼りきっていた男が、ニセモノだったなんて…
ところで、ホンモノの医者って、どんな医者?

研修医の相馬は、山間の小さな村にある「神和田村診療所」にやってくる。
そこで3年半勤めている伊野は、村のなかに溶け込み、村人に信頼されていた。
伊野は、診療所に来られない患者には自分からでかけていき、時には無料診療もいとわない医者だった。
相馬は、経営のことしか頭にない自分の父親と比べて、患者の気持ちを大事にする伊野の素晴らしさに気付き、研修が終わったらここに来たいとまでいいだす。
しかし、伊野は、相馬の言葉に「自分はそんな人間ではない。ニセ医者や」という。相馬は自虐ネタとしかとらえられなかったが、それは伊野の本心だった。

伊野が、なぜニセ医者になったのかはわからない。ただ、父親が医者で、伊野自身はペースメーカーの営業をしていたことがわかった。
診療所に薬を届けていた男は、捜査中の刑事に、医療の現場に関わる者には、医者じゃなくとも患者を助けたいという気持ちがわいてきたり、一度先生といわれるとそんな気分を味わいたくなるかもしれないと語る。

伊野は、自分のウソに追いつめられていた。気胸の患者を目の前にして、気管に穴を開けることができなかった。看護師の大竹の指示で、なんとか施術することができたけれど。
伊野は、一人暮らしの鳥飼という女性が末期の胃がんだとわかったが、鳥飼は、病気に気付いていて、病院でいろいろいじられるのは嫌だといい、家族には話さず、ウソをついてくれと伊野に頼む。鳥飼の願いを聞き入れた伊野だったが、鳥飼の娘で東京の病院に勤務する医者りつ子を前にして、母を心配する娘の態度に、ウソをつけなくなる。そして、姿を消した。

相馬は、伊野がニセ医者だったことにショックを受け、刑事には本心を語ろうとしなかった。彼が一番可哀相だと思うけれど、どういう医者が患者のためになるのかということは、学べたはずだ。
鳥飼は、伊野が去ってから、りつ子の病院へ入院する。りつ子は、伊野が医者ではないとわかっても、彼が母の最後までどう向き合うつもりだったのか聞いてみたいといっている。娘としては母の病気を治してもらいたい。しかし、医者としてはそれは無理だとわかっている。母にとってどういう選択がよかったのか。医者のりつ子にも迷うことだったのだ。
患者の心に寄り添いながら、患者を診ていた伊野。
村人達は、伊野が医者ではないと知らされても、どこか半信半疑の態度。
伊野を雇った村長は、刑事に向かって、その警察手帳は本物かと尋ねる。
確かに、ホンモノとニセモノの見極めは難しい。資格や証明書を持っていても、その仕事に値する人間かどうかは、仕事ぶりにかかっている。証明書の上にあぐらをかいているような人間もいる。

ホンモノかニセモノか?
何が善で、何が悪なのか?
過疎化、高齢化、無医村。
ユーモアを交えながら、今の問題に切り込んだ脚本が、とてもよいと思った。
まだ、30代の西川監督、これからも楽しみだ。
by mint-de | 2010-02-24 20:47 | シネマ(た~ほ) | Trackback

春を待つ

今日も青空が広がっている。もうすぐ3月、春がやってくると思える暖かい日和だ。
北海道にいた頃は、春が本当に待ち遠しかった。
雪道から、茶色い土が見えただけで、ああ春がくる、厚いオーバーやブーツを脱げる日がくる、身軽になれると喜んだものだ。そして、「春」を想うとき、私には、いつも浮かんでくる言葉があった。
作者もタイトルも忘れてしまった詩の最後の部分。ただ、「まんさくが咲いて、子どもが喜ぶ」という言葉が、私が春を待ち遠しく思う気持ちとピッタリで、私はその部分を「まんさくの花が咲いたと 子どもたちは歌うように喜ぶ」と、ずっと思い込んでいた。
あるとき、子どもの国語の資料を見ていたら、その詩が載っていて、丸山薫の「白い自由画」という詩だとわかった。しかし、最後は、
「あヽ まんさくの花が咲いた」と 子どもたちはよろこぶのだ
で、「歌うように」なんて言葉はなかった。ひどくガッカリしたものだ。
もしかすると、別の詩と混同していたのかもしれない。
記憶というものは、自分の都合のいいように脚色されているものなのかもしれない。
今でも私は、「まんさくの花が咲いたと 子どもたちは歌うように喜ぶ」と心のなかでいっている(^^)

白い自由画 (丸山薫)

「春」といふ題で
私は子どもたちに自由画を描かせる
子どもたちはてんでに絵の具を溶くが
塗る色がなくて 途方に暮れる

ただ まつ白な山の幾重なりと
ただ まつ白な野の起伏と
うつすらした墨色の陰翳の所々に
突き刺したやうな 疎林の枝先だけだ

私はその一枚の空を
淡いコバルトに彩つてやる
そして 誤つて まだ濡れてゐる枝間に
ぽとり! と黄色を滲ませる

私はすぐに後悔するが
子どもたちは却つてよろこぶのだ
「あヽ まんさくの花が咲いた」と 
子どもたちはよろこぶのだ


色のない冬から、黄色とまんさくというたった二語で、春になる喜びが表現されている。素朴な感じが、とても気に入っている。
by mint-de | 2010-02-20 16:06 | 詩と言葉から

「Life 真実へのパズル」 第19話(2-8)

「ブラック・フライデー」
感謝祭の翌日、ショッピング・モールでミッチェルという従業員が2階から落ちて死んでいた。
クルーズとリースたちが詳しく調べようとした矢先、モールの開店時間になり、セールをまちかねた客がどっと入ってくる。その混雑にまぎれて、なんと死体がなくなってしまう。
死体捜しをしていたクルーズとリースは、妙な行動をしている従業員のザックを発見して、後をつける。驚いたことに、ザックは、「オペラ座の怪人」みたいに、妹カリンとモールのある部屋に住んでいたのだ。両親が亡くなってから、兄妹が一緒に暮らすために、ザックがその場所を選んだのだ。
捜査の結果、死体はペットショップの木くずのなかにあった。
ロリコン趣味のミッチェルが、カリンに手を出そうとして、それをザックが止めさせ、逃げるミッチェルをザックが追いかけ、ミッチェルが柵を越えて落ちてしまったということらしい。
クルーズは、ザックが真相を話そうとするのをさえぎり、ミッチェルが勝手に落ちたことにしてしまう。それは、刑事としては、イケナイ行為ではあるけれど、もし、裁判になっても陪審員はザックに同情するだろう。

ティドウェル警部は、リースがディナーの誘いに応じてくれたので、大喜び。でも、ディナーの席で、仕事のことは忘れるタイプといってしまって、リースの機嫌をそこねてしまう。警部は、これで諦めがついたかな?
クルーズは、ミッキー・レイボーンを調べて、彼が病院建設や土地をもっていることを、不審に思う。
クルーズがレイボーンを調べていることがわかると、FBIのボドナー捜査官は、クルーズにかぎまわるなと忠告する。怪しい人が次々と登場して、なかなか核心に近づかないね!
クルーズの前妻ジェニファーへの気持ちはわかるけれど、ジェニファーが何を考えているのかは、さっぱりわかりません! 
by mint-de | 2010-02-16 14:25 | 海外ドラマ(H~N) | Trackback

過剰反応

冬季オリンピックのスノーボード代表、国母選手の腰パンスタイルが問題になっているけれど、ウチの息子もその腰パン派でございます。
大学を卒業したらやめるかもと、ひそかに期待していたけれど、全然、そういう気配はない。
会社にいくときは、普通の背広姿ででかけるので、公私の区別はちゃんとできているから、まぁ安心ではある。何度も「格好悪い」といっているけれど、「人のファッションに文句をいうな」でございます。

確かに、どんなものを着ようが、どんな風に着ようが、それは、カラスの勝手でしょ!
私も、若い頃、黒っぽい色ばかり着ていたら、親戚のおば様たちから、もっと若々しい色を着ろといわれ、不愉快に思ったことがある。他人に着ているものをあれこれ言われるなんて、本当に「余計なお世話」なのである。
ただ、国母選手は、TPOをわきまえていなかった。そこが残念だった。
しかし、それ以上に驚いたのが、国母選手の試合を応援する予定だったのに、批判を受けたことにより、応援会を中止するという判断。それは、あまりにも過剰な反応ではないだろうか。
たかだか服装ごときで、こんなに騒ぐこと自体、なんだかそら恐ろしい時代に生きているような気もしてくる。
国母選手、名誉挽回の意味でも、頑張って!
by mint-de | 2010-02-15 15:57 | 社会畑

「マイ・ライフ、マイ・ファミリー」(DVD)

「マイ・ライフ、マイ・ファミリー」 (2007年 アメリカ映画 監督タマラ・ジェンキンス)

日本では劇場未公開の映画。地味な作品だったが、認知症の親を抱えた家族の話として、身につまされる映画だった。
連絡を取り合っていない父親が、同居していた恋人に死なれ病気になったという知らせに、ジョンとウェンディの兄妹は、父に会いにいく。ジョンとウェンディにとって、暴力的だった父親に対していい思い出はない。父は病気の上に、認知症の症状もでているので、施設に入ってもらうしか選択肢はなかった。

ジョンとウェンディは、二人とも独身。ジョンは大学の教授で、ポーランド人の恋人がいる。ウェンディは派遣で働きながら、いつか認められるための戯曲を書き、妻帯者の恋人がいる。二人の母は、子育てを放棄して家を出た。二人は、家庭というものに夢はもてないのだろう。ジョンは、恋人との関係を発展させることに躊躇があり、ウェンディは、父親の影響のせいか、普通の恋に積極的になれない。
父親を忘れていた二人の人生に、認知症の父親が突然立ちはだかったのだ。

ジョンは、父の病気をクールに受け止め、父を受け入れてくれる施設を見つけた。しかし、ウェンディにとって過去はどうであれ、父はやはり父。父親をそんな暗い施設に入居させたくないという思いがあって、別の施設の宣伝文句にひかれ、父を面接につれていくが、無駄足に。悲しむウェンディに、ジョンはいうのだ。「施設は似たり寄ったり。美しい言葉で、死をカモフラージュしているだけ。家族の罪悪感を減らしたいだけ」と。

父の施設の明かりが暗いといって、自分でライトをもってくるウェンディが切ない。
家で介護ができない者は、本当に複雑でつらい思いをするものだ。
私も、自分の父が、ホームの玄関で、もう実家はないのに、家に帰るといわれたことがある。返す言葉はなかった。

淡々としたストーリーだが、その変哲のなさが、胸に迫った。
ジョンもウェンディも、思い通りの人生とはいえない。
ウェンディには、焦りのようなものも感じられる。でも、それも人生だよねって思える。
ラストが、とてもいい。ウェンディは、父にできなかったことを実践したのだ。
人生は、通り過ぎてからわかることがある。
そうして、人は少しずつ大人になっていくのだろう。
by mint-de | 2010-02-13 14:42 | シネマ(ま~わ) | Trackback(3)

しょっぱい人間

今朝のNHKのニュース番組で知った「水中毒」。
水にあたることかと思ったら、全然違った。
マラソンやジョギング中に、大量の水を飲むと、体内の塩分濃度が薄くなって、意識障害をおこす場合があるという。汗で塩分が失われているのに、水ばかり飲んでいると、どんどん濃度が薄くなってしまうのだ。人間の血液の塩分濃度は、みそ汁くらいなのだという。血って、意外としょっぱかったんだ!
ドラキュラさんも、血はなかなかの味だと思っていたのかも(笑)
走る人たちは、脱水症状にばかり気をとられずに、塩分にも注意してほしいといっていた。
水の大切さは知っていたけれど、塩分までは知らなかった。
これからは、しょっぱい人間を目指そうかな(^^)
料理の味も、微妙な塩加減が味を左右する。
「味のある人間」になるためには、「塩」が決め手になるのかも!(笑)
by mint-de | 2010-02-12 19:45 | 木陰日和

『ひとり暮らし』から

谷川俊太郎の『ひとり暮らし』(新潮文庫)を読んでいて、「惚けた母からの手紙」に、ちょっと驚いた。
谷川さんは、「母が一貫して父への愛に生きた人であることが痛いほどわかる」と書かれている。
ご両親の結婚前の往復書簡をまとめた『母の恋文』という本を出されているから、お母さんのお父さんへの愛については、よく知られている話なのだろう。
お父さんは哲学者の谷川徹三だが、外に女の人がいたこともあったらしい。
お母さんは、老いて惚けてからも、この裏切られた記憶に苦しんでいたという。
ときどき、谷川さんの机の上にそのお母さんが書いたメモのようなものが残されていて、その一部が載っているのだが、悟るべき年の人がこんな風に鬱々と悩んでいたなんて、ものすごく可哀相だなあと思うと同時に、その情熱のようなものに驚いた。
そのメモに返事を書いたお父さんのものも載っている。
「世界中で私の最も愛しているのはあなただ、その愛を疑うなんて」と。
ウ~ン、何だかすごい「愛の物語」を感じてしまう。
谷川さんご自身は、三度の結婚、離婚を経て今はひとり暮らしをされている。
誰にも気兼ねする必要のないひとり暮らしが気楽でいいと語っている。
ご両親の話を読んでいると、愛ゆえに悩むより、老後は、ひとり暮らしのほうがラクな気はするな。
by mint-de | 2010-02-11 19:16 | 私の本棚

「フローズン・リバー」

「フローズン・リバー」 (2008年 アメリカ映画 監督コートニー・ハント)

レイは、ギャンブル好きの夫に、新居の購入費用としてためていたお金を持ち逃げされた。日々の暮らしに余裕のないレイは、二人の子どもを抱え途方に暮れる。
レイは、夫を捜しにいったビンゴ会場で、夫の車を運転するモホーク族の女を見つける。女は、モホーク族の保留地でトレーラーハウスに住むライラ。
ライラは、レイがお金に困っている様子を見て、ある提案をする。

モホーク族の保留地は、ニューヨーク州最北部、カナダとの国境を流れるセントローレンス川を挟んだ両岸に広がっている。保留地に国境があるのだ。それを悪用して、カナダからアメリカに渡る密入国者の手助けをすると、一人分1200ドルも稼げるという。川は冬になると凍る。その上を車で渡ってしまえば、あっという間にお金が稼げるのだ。
その日から、レイとライラは、密入国者をトランクに乗せる仕事を始める。
保留地には、独自の警察があり、重要な事件を除いて州警察は踏み込むことはできない。保留地以外の地を走るときは、白人のレイが運転していれば怪しまれないし、保留地に入ってしまえば安全なはずだった。

ある日、二人はパキスタン人の夫婦を乗せる。荷物は後部座席においたが、レイは、その荷物が気になる。自爆テロとか、いろいろ想像して不安になったレイは、その荷物を途中で降ろしてしまう。しかし、到着後、その荷物には夫婦の赤ちゃんが入っていたことがわかる。
レイは、犯罪に手を染めたが、人殺しをするつもりなんてない。
すぐに引き返して、赤ちゃんを取りにいく。
しかし、赤ちゃんはすでに冷たくなっていた。
ライラは、もう駄目だというが、レイは、必死に車を暖める。
その後、赤ちゃんを抱いていたライラがいう。赤ちゃんが動いていると。

このシーンが、この映画の核なんだと思う。
ライラは夫に先立たれ、子どもを義母に取り上げられていた。いつか取り戻したいと思っていたのだ。
結果的に、それを、後押ししたのがレイだった。レイとライラは、最初はお互いに不信感を抱いていたが、やがて、信頼できる相手になったのだ。
それは、貧しさという共通項と、子どもへの愛情が二人を結びつけたのだろう。
ラストで下すレイの決断は、ライラが動きだした赤ちゃんを見て、「創造主が生き返らせた」と語った言葉を聞いたせいかもしれない。
命の神秘をライラから奪ってしまうことはできないと、レイは考えたのだ。

子どもには、悪いことに関わるなと注意しながら、レイは、お金のために「仕事」をする。そこには、罪悪感はあまり感じられない。
ラストの潔さに、なにか爽快感のようなものまで感じてしまう。
その堂々とした強さが、この映画の魅力なのかもしれない。
by mint-de | 2010-02-10 11:06 | シネマ(た~ほ) | Trackback

「Life 真実へのパズル」 第18話(2-7)

「大当たり」
ハナという女性が刺殺された。ハナは裕福な生活を送っているように見えた。
ハナが参加していた自助グループに話を聞きにいったクルーズとリースは、そこが宝くじ当選者で2000万ドル以上の高額なお金をゲットした者たちだけの場であることを知る。ハナも当選者を装っていたが、実は詐欺女だった。グループの男と関係をもち、お金をだましとろうとしていたらしい。ハナは、共謀者の男の嫉妬心から殺されてしまったのだ。
宝くじの当選者たちは、あまり幸せそうじゃなかった。お金もありすぎると、平常心を保てなくなるらしい。
人間不信や猜疑心の塊になってしまっては、そんなお金ないほうがいいんじゃないかって思いたくなる。
クルーズは、その点大丈夫そうだけれどね…。

リースと警部の関係は、発展しそうだけど、似合ってない二人。
レイチェルは、心を開いてきたようだ。
ジャック・リースは、家を出たらしい。彼はこれから何をするのかな?
by mint-de | 2010-02-09 19:36 | 海外ドラマ(H~N) | Trackback