碧草の風

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幸せな湯

このところ寒くて、最低気温が氷点下の日が続いている。そんな寒い日の夜は、お風呂の熱い湯に浸かっているときが最高に幸せな気分だ。
幸福ってこういうことをいうのだなあと、しみじみ思う自分がいる。人生のささやかな喜びというものは、案外、日向ぼっこする猫みたいに、日常のあちこちにあるものなのだ。
入浴剤で色づいた湯は、なお一層温かな気分にさせてくれる。お湯の温度が下がったら、追い出きボタンを押せぱいい。なんて便利なんだろうと思う。そして、決して便利とはいえなかった実家のお風呂を思い出す。
実家のお風呂は、ガスになる前はコークスやまきを使ったストーブで沸かしていた。お風呂を沸かすのは父の役目だった。父はお風呂が沸くまではどんどん燃やすので、ボコボコと沸騰しているときもあった。沸いてしまったら火が消えないように、かつ燃えすぎないように注意しないといけない。父はお風呂が沸くと浴槽に水を足し、ぐるぐるかき回して適温にする。そして、「沸いたぞ」とまるで仕事の出来映えに満足する職人のように宣言したものだ。私たちは、燃料を無駄にしないように、続けざまにお風呂に入らなければならなかった。最初は適温でも、何番目かに入ると火の加減で湯は結構熱く、かといって次の人のためにあまり水を足すこともできないので、私は我慢して熱い湯に入っていた記憶がある。
機械で適温に設定された今のお風呂は熱過ぎずぬる過ぎず、快適な湯だ。でも、あのストーブでボコボコと沸かされたお風呂と、熱い湯で指先がカッカと熱くなる感覚も懐かしい思い出だ。私は長くお風呂に入っていられなかったが、父はずいぶん長湯だった。父も、今の私のように、しみじみとした幸福感に浸っていたのかもしれない。
by mint-de | 2011-01-31 14:56 | 記憶の鞄

冒瀆罪

新聞を読んでいると、そんなことがあるのかと驚く事件はいろいろあるが、昨日の「イスラム冒瀆罪」に関する記事(朝日新聞)には驚いた。
イスラム教への冒瀆罪に問われた女性を擁護した州知事が暗殺された事件で、暗殺した容疑者が宗教界や市民から称賛されているという。
発端は、キリスト教徒の女性がイスラム教徒の同僚に「キリスト教徒がくんできた水は汚くて飲めない」といわれたことから、預言者を侮辱するような発言をして罪に問われ一審で死刑判決がでたこと。
この預言者への冒瀆の罰則は、規定上は死刑しかないのだという。もっとも実際には死刑になった例はないらしい。人権団体やローマ法王もキリスト教徒の女性の解放や法の改正を求めているという。
預言者さんは、自分たちの宗教を侮辱されたくないなら、ほかの宗教にも敬意を払いなさいと教えなかったのだろうか。売り言葉に買い言葉の口論で拘束され、死刑判決まで受けるなんて、甚だ恐ろしい。
これは極端な事件なのだろうけれど、個人的に信じる宗教は、どうぞご自由にって思うけれど、国や政治に利用される宗教は、いろんな意味で怖いなって思う。
by mint-de | 2011-01-28 14:58 | 社会畑

老いと居場所

ずっと北海道に住んでいた89歳になる叔母が、東京近郊で暮らしている娘家族と同居することになったので、会いにいった。
日中は一人でいるという叔母。家の中はこっちの方が寒いといって、重ね着をしている姿を見ていると何だか気の毒になる。事情があって、こちらにやってきたのだ。私の父も、最後は北海道から離れて見知らぬ土地で暮らすことになった。いろいろ考えて、それが最善の方法だったとしても、老いた身の居場所とは、自分がいたいと思う場所とは違う所になってしまうことに、やりきれない思いがする。
叔母は、もう一人では長い距離を歩くことが難しい。そして、物忘れがひどくて、このままぼけてしまいそうだとしきりに不安を口にする。私は、施設のお世話になっている老人がいっぱいいるのに、叔母さんはちゃんと自分のことができるのだから大丈夫と励ましてきたけれど、叔母の不安な気持ちは理解できる。私にとって、老いは未知の領域だ。私が長生きして叔母くらいの年になったとき、はたしてどんな境遇でどんなおばあさんになっていることか。でも、なんとなくわかっていることはある。それは身体の衰えに絶望的になるのではなく、自分の身体と気持ちに折り合いをつけて生きていくことではないのかと…
ほんの数時間の訪問ではあったけれど、束の間、故郷にいるような懐かしい思いに包まれた。老いた叔母、亡くなった両親や兄姉、いとこたち。
時の移ろいの速さに割り切れない思いを抱きながら、私は叔母の家を後にした。

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by mint-de | 2011-01-27 20:30 | 記憶の鞄

「海炭市叙景」

「海炭市叙景」 (2010年 日本映画 監督熊切和嘉) 

詩的なタイトルから連想した世界が、そのまま描かれているような映画だった。
日々の暮らしを淡々と綴り、そこから切なさややりきれなさが波紋のように伝わってくる。
職を失った若い兄と妹、立ち退きを迫られている老女、水商売の妻が心配なプラネタリウム職員の男、経営も再婚した妻と息子の関係もうまくいかず悩むガス屋の社長、疎遠な父と息子。
オムニバス形式で描かれる5つの物語に登場する人物たちは、みな問題を抱えている。
それでもみな、それなりに生きている。
人生は喜怒哀楽。そんな風に生きるしかないっしょ。そうでないかい?
余白のある映画って感じかな。しみじみとした余韻が残る映画。
音楽が、ストーリーと函館の冬景色にとてもあっていた。
by mint-de | 2011-01-25 20:32 | シネマ(あ~そ) | Trackback

「4分間のピアニスト」

昨年録画した「4分間のピアニスト」(2006年 ドイツ映画)を、今頃見る。
映画館で予告編を見たときは、暗くて重そうな映画のように思えたので敬遠してしまったが、友人がよい映画だったといっていたので、テレビでの放送を録画。
確かに、見応えのある映画だった。

クリス・クラウス監督は、80歳の女性ピアニストが刑務所でピアノを教えているという新聞記事から、このストーリーを考えたという。
その女性の手は、年齢を感じさせない美しい手をしていて、高齢であっても、生きる目的をもつことができるということを伝えたかったらしい。
終盤のシーンで、高齢の女性教師クリューガーが若い受刑者のジェニーに、生きる目的をもて、才能を無駄にするなと説得するシーンがあるけれど、この場面にテーマが凝縮されているのだろう。

刑務所でピアノを教えていたクリューガーは、あるときジェニーという若い女性受刑者がピアノを弾く真似をしているのを見て、彼女の才能に気付く。ジェニーはかつてコンクールでいくつもの賞を受賞していた。今は殺人罪で服役していて、刑務所内ではすぐに感情を爆発させて暴力をふるう問題児だったが、クリューガーはジェニーをコンクールに出場させるべく、彼女の指導を始める。刑務官や受刑者たちからの嫌がらせもあるが、荒んだ心のジェニーとクリューガーが次第に心を通わせるまでが描かれている。

クリューガー自身も暗い過去を引きずって生きてきた。クリューガーは同性愛者で、ナチスの戦時下、愛する女性を殺された悲しい過去があった。クリューガーは自らの残された人生を、ジェニーのピアノの才能を磨くことで、失われた日々や愛する人の奪われた命の無念さを晴らしたいと思ったのだろう。
コンクールでは、聴衆が驚く演奏をしたジェニー。演奏後のジェニーの挑むような強い眼差しは、彼女の再生を感じさせる。それは、クリューガー自身の再生でもあるのだろう。
by mint-de | 2011-01-14 20:54 | シネマ(ま~わ) | Trackback

お茶でコレステロール値を下げるのだ!

昨日放送のNHK「ためしてガッテン」によると、緑茶が悪玉コレステロール値を下げるのに効果的なのだそう。それも深むしのお茶がより効果的とか。普通のお茶でもすりこぎでするといいらしい。
ここ数年、健診でコレステロールの値が高い判定がでているので、なんとかしたいと思っていた。
お茶を1日600mlくらい飲まなければならないらしいので、食事のときしかお茶を飲まない私には、ちょっとつらいかも。でも、お茶で値が下がれば、こんなに簡単な方法はない。
早速、深むしのお茶を買ってきた。でも、まだ400mlくらいかな。
実験では、3か月で値が平均9.02下がったとか。
私も頑張ろう!

<追記>
この記事が読まれているようなので結果を書きますが、3月の原発事故後、お茶を飲む気がしなくなりお茶はあまり飲んでいません。知人にお茶が好きでかなりの量を飲んでいる人がいるのですが、彼女は最近、医者からコレステロールを下げる薬をすすめられたそうです。ですので、「お茶でコレステロールを下げる」というのは、あまり期待できないのではないかと思います。
by mint-de | 2011-01-13 19:41 | 木陰日和

寒い日

今年になって、朝、犬に餌をやるときに外の水道が凍っていることが何回かあった。
そんなに寒くとも、うちの犬は朝から元気だ。
私が餌をもっていくと、飛ぶように私の前へやってきて、お座りもそこそこに餌をパクパク。
まだ朝早いから胃のほうが起きてないよ、なんて人間みたいなことはないのだろう。
夜中は、じっと寒さに耐えながら、ひたすら朝を待っているのかもしれない。
暗くて孤独な夜の闇、なんてことを考えているのかどうかはわからないけれど、夜の食事を終えると毛布の上で丸くなり、寒さを防ぐ体勢になってじっとしている様子を見ていると、彼なりに冬の夜の過ごし方を心得ているのだと、そのけなげさに心打たれるものがある。
まだまだ寒い日は続く。
早く暖かくなってほしいな。

公園の梅は春?
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by mint-de | 2011-01-12 15:09 | 木陰日和

お守り

息子が厄年を気にしていたので、浅草寺へお参りにいったとき厄除けのお守りを買った。
息子が「厄年」という言葉を知り、なおかつそれを気にしていたのは意外だったが、横にある浅草神社にもお参りにいったら、そちらの厄除けのお守りのほうが、男がもつのにふさわしい色と柄。さらに夫は、「大丈夫」と書かれた紺色の小さなお守りが気に入り、それを自分用に買った。
結局、お守りを3個も買ったのだ。ご利益ありすぎ!?
普段は宗教なんて信じていないのに、こういうときだけ神社やお寺にいって手を合わせる、何とも身勝手な行為ではあるけれど、日本の平和なお正月風景ではある。
松の内も過ぎ、面倒なあれやこれやが終わって、ホッと一息。
公園のハクモクレンの芽がだいぶふくらんできた。
早く春になって、野球が始まらないかなあ…

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by mint-de | 2011-01-09 17:04 | 木陰日和

「芸能人格付けチェック」

元旦に放送されたテレビ朝日の「芸能人格付けチェック」を見て思ったのは、人がおいしいと感じる味覚は、人それぞれだということと、高価な食材を使ったものがおいしいと感じるとは限らないということ。
100グラム1000円の肉と2万円の肉の判定に迷う様子を見ていると、それほど高価なものを食べることもないんだなと、100グラム750円くらいの肉を食べてちょっと贅沢したと思う私は、逆に安心したりするのだった(^^)
この番組に痛快な思いがするのは、人が考える基準のあいまいさを教えてくれるからかもしれない。おいしさは、自分が食べてきたものから培われてくるのだろうし、バイオリンの音色やドラマの演出も、自分の感性にあったものがすばらしいと思えるのであって、そこに優劣をつけるのは、ある意味ばかばかしいことのようにも思えてくる。
人がどういおうと、自分がおいしいと思えるものを食べ、自分がすばらしいと思える音楽や映画を見てハッピーになれればそれでいい。
「分相応」の楽しみ方、暮らしぶりという言葉が頭をよぎったのだった。
といいつつも、仲間由紀恵さんはどんなものをお食べになってきたのか、ちょっと気になるのだった(^^)
by mint-de | 2011-01-05 11:54 | 観て☆聴いて☆読んで

おめでとうございます

あけましておめでとうございます。
今年もブツブツとつぶやいていきたいと思います。
どうぞよろしくお願いします。

西日本では大雪の被害が続いていたのに、こちらのお正月は穏やかないいお天気だった。
犬の散歩で、初日の出を見ることができた。お日様に向かって手を合わせている人や写真を撮っている人がいたが、どうも今年の私は気分が乗らない(^^;)
年末は「ガキの使い~」でおバカな笑い納めをし、年が明けてからは「世界の果てまで~」でイモトに笑い始め。
面白いと思える小説や海外ドラマが少なくなり、心が乾燥してきた感じがするけれど、今年もいろいろ見たり聞いたり読んだりして、楽しいことや素晴らしいことに感度良好な心でいたいと思っている。

浅草寺のお正月
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スカイツリーが見えた
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by mint-de | 2011-01-04 07:29 | 木陰日和