久しぶりの高尾山

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久しぶりに高尾山に行ってきた。相変わらず人がいっぱい。
平日なのに、ケーブルカーもリフトも20分前後の待ち時間。
下から登れば待つこともなく行けるのだけれど、家を出る時間が遅くなったので、浄心門の左から下りて3号路で頂上へ。
混雑を避けたつもりだったけれど、この山道も結構人が多い。
何年か前、最初に歩いたときはメインの道の混雑ぶりに閉口して下っていった。
そのときは、驚くほど人が少なくて山の雰囲気たっぷりで気に入ったのだったが… 
こんなに道が狭かった? こんなに木の根っこが張っていた? 
それと私は上りだったが、下ってくる人が多くて、そのたびに道が狭いので止まらなければならず、これを山歩きといえるのかと、なんだか徒労感が…
頂上は、とんでもなく人がいっぱいだったので、長い階段を下りて紅葉台へ。
ここまで来ると人も少なくなり、静かな山の雰囲気に浸れる。
細田屋で名物のなめこ汁を食べて、ホッと一息。

今回驚いたのは、頂上の手前にある大見晴園地の山小屋風の2階建てトイレ。
私は今までこの場所のトイレを利用したことがなかったのだけれど(6年も前に改修されていたのだった!)、広くてきれいで、山のトイレとは思えない作り。
調べてみたら、「日本トイレ大賞」なるものを受賞しているのだとか。
それに比べるとケーブルカーの到着駅の横にあるトイレはいかがなものか。
あまりにも差がありすぎると思うのだけれど。
山の入り口なのだから、もっと工夫したほうがいいんじゃないのかな。

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# by mint-de | 2018-11-18 15:17 | 木陰日和

バラの香り

千葉のバラ園に行ってきた。
大多喜町の丘の上バラ園と君津のドリプレ・ローズガーデン。
あいにくの曇り空でうまく写真が撮れなかったけれど、花の色と香りに癒やされた一日。
丘の上バラ園は、ヨーロッパの田舎の雰囲気が漂う小さなホテルやレストランもある。
ドリプレ・ローズガーデンは、車がないと不便な場所にあるけれど、森の奥深くそこだけ夢の空間が広がっているような素敵なところだった。猫が数匹いるので猫ちゃん好きにはもっといいかも。
広大な敷地をご夫婦で開墾して作り上げたというのだから、すごいなあと感心する。
2か所とも、春のもっとバラが咲いている時期にまた訪れてみたいな。
(写真は上2枚が丘の上バラ園 下がドリプレ)
        

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# by mint-de | 2018-11-04 16:04 | 木陰日和

AIの時代

朝日新聞の日曜日の「GLOBE」で驚いた記事があった。

2018年10月7日朝日新聞GLOBE「テクノロジーの世紀」爆発的進化の先にある世界
インタビュー「人間の歴史が終わる」川上量生(カドカワ社長、ドワンゴCTO)

(前略)人工知能は現時点でも、大抵の人の知的水準をかなりの部分で上回っているのではないか。20年後には、AIはもう相当世の中に入ってきているでしょう。あらゆる意味で人間の知性を超えるAGIの可能性については見解が分かれていますが、遅くとも今世紀中には実現されるでしょう。
まだ人間の仕事は残っているけど、基本的には消えていく過程にある。人間にはできるけどAIにはできないことって、正直ないと思います。
それと同時に進むのが、人間の活動の比重が、現実世界から「もう一つの仮想現実」へと移行していくことです。ツイッターやフェイスブックでは、基本、友達の発言しか表示されないし、不快な情報があったらミュート(非表示)にして、世界から消すことができる。ネット上で「自分にとって心地よい世界」をカスタマイズできるようになってきているんです。今後、そうした傾向はさらに加速します。
ハリウッド映画「レディ・プレイヤー1」では、現実よりもはるかに刺激に満ちたバーチャルリアリティー(VR)の世界に没入する人々が描かれました。あの映画では、一つの仮想現実を多くの人々が共有していましたが、僕が予想するのは、最終的には一人ひとりが「自分がもっと幸せになるようにAIによってカスタマイズされた」仮想現実の世界に住むようになることです。
現実社会では大抵の場合、努力は報われないし、自分のことも認めてくれない。仮想現実でこの両方が満たされるとしたら、なんで現実の方を重視する必要があるのか。ただし、実体経済だけは、個々人に都合のよい現実は見せられない。仮想現実に没入する人々も、食べられなくなれば我に返らざるを得ない。だけど、今後AIが普及すれば、社会全体の生産性はどんどん上がる。全員に一律のお金を支給するベーシックインカムで、働く必要はなくなる。誰もが仮想現実上では豊かな生活を送れるようになるでしょう。お金自体の価値もなくなっていき、資本主義は個人にとっては形骸化するでしょう。
人間は仮想現実の中で、今よりもずっと快適に、幸せに生きるようになり、現実社会はAIの方でどんどん進めていく。社会の主役はAIとなり、人間の歴史は終わるんです。今はそれに向かう過渡期、という実に珍しい時代で、それを生きられる僕たちは本当に幸運です。その過程を存分に楽しめばいい。
20年後に生まれる子どもらは、初めから仮想現実の世界にいて、労働や現実の生活に価値を見いだす僕らのことは全然理解できなくなるでしょう。違う人類になるんです。それはもう、しょうがないことだと思っています。


私は、この記事を読んでまったく共感できないというか、別の惑星の理解できない言語をもつ別の生き物の話のように感じた。この方は、AIのいい面だけをとらえていて、そこには何の問題もないようなことをいっているけれど、これだけ複雑な社会をAIの力だけで乗り越えられると思っているのだろうか。
大体、自分に都合のいい仮想現実の世界に身を置いても、衣食住に関することや子どもの世話や病気になったり介護したり、AIの手を借りるとしたって、人と人とのつながりがなければ物事は円滑に進められないだろう。人が生きるというのは、嫌なことも経験しながらいろんな人と付き合い、人として成長していくことだろうと私は思っているので、「違う人類になるんです。それはもう、しょうがないことだと思っています」なんて言われると、愕然とする。こういう方の価値観でAI社会を築かれると、「幸運」どころか「お先真っ暗」な気分である。もっとも未来のそういう時代にはもう生きてはいないだろうから、そういう意味では「幸運」かもしれない(笑)
# by mint-de | 2018-10-15 16:38 | 社会畑

クレマチス

やっと涼しくなり、庭仕事に精をだす。
きれいな庭にしたいと思いつつ、なかなかうまくいかない。
春夏秋冬、一年草、多年草、球根、常緑樹、落葉樹、いろいろ組み合わせて四季折々、花や木々を楽しめる庭が理想だけれど、ちゃんと咲いてくれない花があったり、あっという間に虫に食われる葉っぱがあったりと、難しい。
本に紹介されているような美しい庭って、どうやったらできるんだろうとため息まじりに思うこの頃。

先日の台風で、公園の大木が何本か折れていた。
あれだけの大木を倒してしまうのだから、その力のすさまじさに怖いという思いと、すごいパワーだなあと畏怖の念がわいてくる。

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# by mint-de | 2018-10-04 15:25

「埋もれる殺意 ~39年目の真実~」(原題unforgotten)

AXNミステリーの一挙放送で見た。
未解決事件を解決しようと懸命になる警部キャシーと巡査部長サニーの真摯な仕事ぶりと、あくまでも被害者側に寄り添う細やかな情に感心する。そして、容疑者となる人々の家族との関係など、考えさせられる内容のドラマだった。
39年もの長い間、埋もれていた遺体。
その古い証拠から被害者や年代を割り出す過程もリアルで、捜査に携わる担当者たちの動きもドキュメントタッチ。何十年たっても犯した罪は絶対許さない。その執念を力にして捜査していくキャシーの内なる闘志が胸を打つ。
犯人は意外な人物だったけれど、大多数の人は、罪の意識からは逃れることはできないのだと思う。
犯した罪の意識にずっと苛まれる者、罪を封印してのし上がる者、罪を悔い更生しようとする者、人それぞれの選択の人生なのだ。そして、家族の秘密を知ったとき、人はどうその事態に対処できるのか。逃げずにちゃんと向き合えるのだろうか。
自分の過ちに気づいて、恵まれない少年をサポートするリジーの話が、このドラマのささやかな光だ。
# by mint-de | 2018-09-05 15:35 | 海外ドラマ(英S~Z) | Trackback

高原ハイキング

美ヶ原と車山高原を歩いてきた。
お天気に恵まれ、周りの山々もよく見えた。
20代の頃、一人で美ヶ原を歩いたけれど、どの辺を歩いたのかはさっぱり思い出せない。
バスを終点の一つ手前で降りて歩くのもいい、なんてガイドブックに書いてあったのでその通りにしたら、人が誰もいなくてちょっと怖かったけれど、360度の景色を独り占め! みたいな気分を味わったような気はする。
恥ずかしながら、霧ヶ峰と車山の関係をよく理解していなかった私。
霧ヶ峰の中で一番高い山が車山だとやっとわかった(^^;)


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車山高原から 八ヶ岳連峰の向こうに富士山
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# by mint-de | 2018-08-29 16:19 | 旅する風

『世界の果てのこどもたち』

『世界の果てのこどもたち』 (中脇初枝 講談社文庫)

戦中・戦後を生き抜いた3人の少女たちの物語。
過酷な状況のなかでも、懸命に生きた彼女たちの心の優しさに感動する。
高知の貧しい村から「分村」で満州にやってきた珠子。友達になった朝鮮人の美子(ミジャ)と横浜の貿易商の娘茉莉。あるとき、3人は大雨にあい身動きがとれなくなって、不安な時間を過ごすことに。
そのとき、美子は自分の持っていたおにぎりを三つに分けて、一番大きいものから茉莉と珠子に渡し、自分は一番小さいのを取った。その行為を、珠子と茉莉はその後の人生の糧にするのだ。
どんなにつらい状況でも、前向きに優しい心を忘れずに生きる。
珠子も茉莉も戦後はつらい人生を送ることになる。戦争がなければそういう人生ではなかったはずだ。美子も故郷で生きることができただろう。
戦後、珠子たち満州の開拓移民が日本へ帰るために歩いて移動するシーンには、言葉がない。
なんと残酷なことだろう。

この本とは関係がないけれど、あるテレビ番組で「戦争に行けといわれたらどうするか」というインタビューをしていた。そのなかで、「日本を守るためなら行く」と答えた人たちがいたけれど、私ならそういう答え方はしたくない。「戦争は無意味です。武力で解決するのではなく、話し合いで解決を目指す。そういう考え方をしてほしい。軽々しく戦争に行きますかなんて質問はしないでください」

作者は、韓国や中国に何度も取材にでかけ、年表を作り、泣きながら原稿を書いたとどこかのサイトで読んだ。参考文献の書籍もすごい量だ。
作者の構成力にも感心した。
# by mint-de | 2018-08-12 15:53 | 私の本棚 | Trackback

夏の花

異常に暑い夏。
それでも、しばらく休んでいたウォーキングに行ってみた。
大丈夫だと思っていたけれど、いつもより疲れる。なんだかもういいやという気分になる。
寒さより暑さのほうが耐えられないと思う。
買い物に行くのさえ、億劫になってしまう。一体、いつまで続くのだろう。この暑い暑い夏。

ウォーキングの途中で犬仲間に会った。飼い犬の死を告げると驚かれ、「寂しいですね」と何回もいわれる。「寂しい」という言葉に、違和感を覚えた私。私は「寂しい」というより「悲しい」のだ。この言葉の違いは何? 辞書の意味では、「寂しい」のは、あるべきものがなくて、物足りないとか孤独だとかをいい、「悲しい」のは、心がひどく痛んで残念だとか切ない気持ちをいうのだそう。

もう八月だ。最近、1週間がとても速く過ぎてしまう気がする。
犬がいなくなって世話をすることもなくなり、自分の時間が増えたにもかかわらず…
何かのために時間を費やすことで充実感を得られるけれど、ただ時間をやり過ごしていると、あっという間に時間が流れていくのだろうか。

夏らしい花 ポーラチュカ
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# by mint-de | 2018-08-02 20:45 | 木陰日和

見たり聞いたり、日々思うこと。


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