『世界の果てのこどもたち』

『世界の果てのこどもたち』 (中脇初枝 講談社文庫)

戦中・戦後を生き抜いた3人の少女たちの物語。
過酷な状況のなかでも、懸命に生きた彼女たちの心の優しさに感動する。
高知の貧しい村から「分村」で満州にやってきた珠子。友達になった朝鮮人の美子(ミジャ)と横浜の貿易商の娘茉莉。あるとき、3人は大雨にあい身動きがとれなくなって、不安な時間を過ごすことに。
そのとき、美子は自分の持っていたおにぎりを三つに分けて、一番大きいものから茉莉と珠子に渡し、自分は一番小さいのを取った。その行為を、珠子と茉莉はその後の人生の糧にするのだ。
どんなにつらい状況でも、前向きに優しい心を忘れずに生きる。
珠子も茉莉も戦後はつらい人生を送ることになる。戦争がなければそういう人生ではなかったはずだ。美子も故郷で生きることができただろう。
戦後、珠子たち満州の開拓移民が日本へ帰るために歩いて移動するシーンには、言葉がない。
なんと残酷なことだろう。

この本とは関係がないけれど、あるテレビ番組で「戦争に行けといわれたらどうするか」というインタビューをしていた。そのなかで、「日本を守るためなら行く」と答えた人たちがいたけれど、私ならそういう答え方はしたくない。「戦争は無意味です。武力で解決するのではなく、話し合いで解決を目指す。そういう考え方をしてほしい。軽々しく戦争に行きますかなんて質問はしないでください」

作者は、韓国や中国に何度も取材にでかけ、年表を作り、泣きながら原稿を書いたとどこかのサイトで読んだ。参考文献の書籍もすごい量だ。
作者の構成力にも感心した。
# by mint-de | 2018-08-12 15:53 | 私の本棚 | Trackback

夏の花

異常に暑い夏。
それでも、しばらく休んでいたウォーキングに行ってみた。
大丈夫だと思っていたけれど、いつもより疲れる。なんだかもういいやという気分になる。
寒さより暑さのほうが耐えられないと思う。
買い物に行くのさえ、億劫になってしまう。一体、いつまで続くのだろう。この暑い暑い夏。

ウォーキングの途中で犬仲間に会った。飼い犬の死を告げると驚かれ、「寂しいですね」と何回もいわれる。「寂しい」という言葉に、違和感を覚えた私。私は「寂しい」というより「悲しい」のだ。この言葉の違いは何? 辞書の意味では、「寂しい」のは、あるべきものがなくて、物足りないとか孤独だとかをいい、「悲しい」のは、心がひどく痛んで残念だとか切ない気持ちをいうのだそう。

もう八月だ。最近、1週間がとても速く過ぎてしまう気がする。
犬がいなくなって世話をすることもなくなり、自分の時間が増えたにもかかわらず…
何かのために時間を費やすことで充実感を得られるけれど、ただ時間をやり過ごしていると、あっという間に時間が流れていくのだろうか。

夏らしい花 ポーチュラカ
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# by mint-de | 2018-08-02 20:45 | 木陰日和

『光の犬』 


『光の犬』 (松家仁之 新潮社)

久しぶりに物語の世界にどっぷりと浸れる小説を読んだ。
犬を亡くした後で、こういうタイトルの本が自分の手元に届いたことが(図書館の順番待ち)なんだか不思議で、そういうこともあって夢中で読んでしまった。
北海道東部の町で暮らす家族三代の物語。
その家で飼われていたのが北海道犬で、家族に寄り添うように描かれている。
人は、生まれそして死んでいく。自分の意思とは関係なく。
多分、この小説は思いのままにならない生と死の間のつかの間の人生を、肯定的に描きたかったのだと思う。
好きな音楽や趣味、北海道の大自然、大いなる宇宙、神。
人は、それぞれ自分の人生を支えてくれるものを求めて生きていく。
家族一人ひとりの人生が淡々と描かれていて、読後感は、水彩画を眺めているような感じがした。
# by mint-de | 2018-07-25 20:49 | 私の本棚 | Trackback

思い出になった犬

飼い犬が旅立った。15年、ともに生きてくれた犬。
元気だった日々のほうが多いのに、最後の数日のつらそうな鳴き声が頭から離れない。
体を動かすことができず、でもそのことを理解できず、まるでアザラシのように体を揺らしていた姿が哀れでならなかった。
できる限りのことはしたと思う半面、もっと楽にしてやる方法はなかったのかと考えてしまう。
吠えることでしか意思表示できず、人の支配のもとで生きざるを得ない犬。
本来、野山を駆け回る動物なのに。
我が家のような環境で幸せだったのだろうか。
犬が夢を見るのかわからないけれど、うちの犬はよく寝ながら足を動かしていた。
まるで、原っぱを駆けているかのように。
息を引き取る前もそんな風に足を動かしたという。
15年間、世話や散歩が大変な時もあったけれど、今から思うと、すべてが懐かしい。

# by mint-de | 2018-07-20 15:12 | 記憶の鞄

『長いお別れ』

『長いお別れ』 (中島京子 文春文庫)

認知症の父とその父を10年間介護した家族の小説だ。
アメリカでは、認知症の症状が少しずつ記憶をなくして、ゆっくり遠ざかって行くので「ロンググッドバイ」と呼ぶのだとか。
作者は、ご自身のお父様を介護した経験が、この小説を書くきっかけになったという。
介護を扱ったものは、どうしても苦労とか嘆きとか暗い印象をもってしまいがちだけれど、この小説は、そういう暗さがない。
そこには、父を大事に思いできる範囲でできることをするといった、とてもシンプルな家族愛が描かれていると思う。
何度も同じことを聞く父親に対して、ちゃんと答え続ける家族。
つらいことはいっぱいあるけれど、一番混乱しているのは病人自身なのだ。介護はしんどいことではあるけれど、なるべく明るい気持ちで接することが大切なのだと教えられた気がする。
父親がよく口にする「家に帰りたい」という言葉が切ない。
家にいてもそう言うのは、病気のせいで、どこにいても以前の居心地の良さが得られなくなってしまったからかもしれない。自分が一番落ち着ける場所、自分の居場所がない、そういう気持ちで最後の日々を過ごすなんて、とても悲しい。
「老い」についても、いろいろ考えさせられた。

# by mint-de | 2018-06-20 15:02 | 私の本棚 | Trackback

ユリの花

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昨年は咲かなかった鉄砲ユリが、今年はちゃんと咲いてくれた。
植え替えをした効果かな?植物のことは、本当によくわからない。
一つひとつ育て方が違う植物を理解して、毎年、美しい花を咲かせる人たちってすごいなあと思う。万事がいい加減な私には、園芸は不向きかも、なんて思ってしまう。
大事に育てても、開花して1週間ももたない花だったりすると、なんだかなあ… 
でも、お花に癒やされているのは事実なのだ。

私が一番苦手な人は、嘘をつく人。
嘘も方便とかいうけれど、事実ではないことを身勝手な理由で、さも事実のようにいうのはよくないよね。そういう人は信用できないし、話していてもこれも嘘じゃないのかと思ったら、話をする意味ないし。
世の中、ウソツキさんがいっぱいいて、信用できないことばかり。
ニュースを見ているとうんざりする。
それにしても、この暑さは異常だ。真夏はどれだけ暑くなるんだろう?
# by mint-de | 2018-06-08 14:55 | 木陰日和

ジューンベリー

今年植えたジューンベリーが、いっぱい実をつけた。
とても小さい実で、どんな味なのか期待して、そのまま食べてみた。
味のない実というのが、正直な感想。
植木としてはそれなりに人気があるけれど、食べ物としてはイマイチかも。
手が届く実だけを収穫して、ヨーグルトソースにしてみた。
砂糖の甘さを感じるけれど、なんとも特徴のない味だ。
それでも、庭から収穫したものを食すというのは気持ちのいいものだ。 
高いところの実は、今日見たらほとんど鳥に食べられていた。鳥さんはおいしく食べたのかな?

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# by mint-de | 2018-05-28 14:47 | 木陰日和

バラの季節

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我が家の庭でも、バラが咲き始めた。
バラは何本かあるけれど、ほかの所で見るものと比べと、どうも咲き方が悪いような気がする。つぼみのままだったり、花の数が少なかったり。
肥料とか剪定が関係しているのかな? 花を咲かせるのも結構難しいものだ。

法事で久しぶりに北海道へ。
今回は函館に泊まった。着いた日は天気が悪く、何度か来ている所なので、観光はしなくともいいかと思ったけれど、せっかく来たのだからと、寒い中、出かけてみた。
函館ハリストス正教会あたりをぶらぶらして、赤レンガ倉庫群でお土産を探し食事をしただけ。日本人よりアジア系の観光客のほうが多いのではと思ってしまうくらい、外国語が聞こえてきて驚く。
外国人に囲まれていると、何だか自分の方が異国にいるような不思議な気分になる。

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故郷へは、列車で向かった。ほとんど海沿いを走るので海の風景を見ながら、亡くなった家族のことを思い出していた。
あまりにも海の近くを走っていたので、車窓から写真を撮ってみた。

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# by mint-de | 2018-05-15 15:37 | 木陰日和

見たり聞いたり、日々思うこと。


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