「彼女が消えた浜辺」

「彼女が消えた浜辺」  (2009年 イラン映画 監督アスガー・ファルハディ) 

セピデーと夫は、友人の2家族と離婚したアーマド、独身のエリと一緒に、テヘランからカスピ海沿岸の避暑地へやってくる。セピデーには、アーマドにエリを紹介するという目的があった。一緒にきた連中も二人を仲良くさせようといろいろ気を回す。みんなで仲良く遊び、楽しい休暇になるはずだったが、1人の子どもが海で溺れたことから、状況が暗転する。

子どもは助かったが、別の子どもの凧揚げを手伝っていたエリが、いなくなってしまったのだ。
エリは溺れた子を助けようとして海に入ったのか?
それとも黙って帰ってしまったのか?
子どもの保育園の保育士だったエリを誘ったセピデーは、人一倍彼女を心配する。
一泊で帰るといった彼女を強引に引き止めたセピデーには、皆にいっていない秘密があった。

次第に明らかになる事実に、皆は困惑する。
エリの兄と名乗る人物に真実を伝えるべきか?
セピデーは、エリの名誉と自らの保身の狭間で苦悩する。

ちょっとした善意から行動したことなのに、思いがけない結果になってしまうことがある。
そのとき、人はどう決断し、どう行動するのか?
エリはセピデーの誘いに気軽にのれる身ではなかったのに、なぜ旅行にきたのか?
「永遠の最悪より最悪の最後のほうがいい」というアーマドの元妻の言葉に頷いたエリ。

なんでもありの社会に身をおく日本人の私には、イランの女性たちが抱える問題はよくわからない。
けれど、常にチャドルをまとう彼女たちの心の底にも、私たちと同じような願望はあるだろう。
エリが凧揚げに興じる生き生きとした表情が、その願望や自由を表現しているように見えた。
彼女がつかもうとしたものは、海の中へと消えてしまったかもしれないが、つかもうとする意思は十分に伝わってくる映画だった。
by mint-de | 2010-09-16 15:33 | シネマ(あ~そ)

見たり聞いたり、日々思うこと。


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