レモンパイの味 「ミリオンダラー・ベイビー」

「ミリオンダラー・ベイビー」  (2004年 アメリカ映画)

私は、ボクシングもクリント・イーストウッドにも興味がない。この映画を見に行ったのは、脚本がポール・ハギスだったから。
彼は、私の好きな「騎馬警官」(Due South)というTVシリーズの脚本をいくつか書いていて、彼の世界に触れるのが、一番の目的だった。

この映画の原作者は、F・X・トゥールという人で、50歳になってからボクシングをはじめ、トレーナーやカットマンを経験し、なんと70歳で作家としてデビューしたそうだ。
短編小説の『ミリオンダラー・ベイビー』には、映画にでてくるスクラップやデンジャーはでてこない。
この二人は、おなじ短編の『凍らせた水』にでてきて、ペットボトルのなかの氷をどうやって中に入れるんだという、可愛い疑問をもつデンジャーのエピソードや、彼に優しいスクラップの人柄など、ポール・ハギスらしいエピソードの取り込み方だと思った。

以下、この感想はネタバレな感想しか書けないので、続きは(More)へ。










私が原作を読んで不満だったのは、四肢麻痺になってからのマギーの言葉。
臭い、痛い、毎日死んでいるといったセリフと、フランキーと過ごした時間が誇りだったというだけで、あれだけボクシングに打ち込んだ情熱に対して、自分の思いが語られていないことだった。

でも、映画の脚本では、「各地でボクシングができて、満足だ」「生きた」と、ちゃんとマギーに言わせていた。
そして、原作にはでてこない、あのレモンパイの話が秀逸だ。

本物のレモンを使ったレモンパイ。
たぶん、妥協を許さない、本物のボクシング、本物の男と女の生き方。そして、本当に好きなものを食べる(生きる)幸福感。
そういうことをいいたかったのだろう。

赤字経営のうらぶれたボクシングジムの経営者兼トレ-ナーのフランキーと、彼にトレーニングを頼む、貧乏ながらボクシングの情熱に燃えるマギー。
そして、二人を優しく見つめるスクラップ。
ボクシング映画なのに、実に静かで地味な映画である。

マギーがつかんだ栄光と誇りが、ベッドの上で失われてしまう前に、彼女の願いを受け入れる。
それは、フランキーの愛の行為なのだ。
私は、この映画のラストは、決してマイナスのイメージではないと思っている。
生きたいように生きたものだけが、選択できたラストだと思う。

フランキーがマギーに教えた「モ・クシュラ」の「愛しい人、私の血」という言葉は、タイトルに匹敵する言葉だと思う。
by mint-de | 2007-09-25 15:09 | シネマ(ま~わ)