2018年 02月 02日 ( 1 )

「スリー・ビルボード」

映画を見終えて思ったのは、「怒り」と「許し」について。
はっきりいって好きなストーリーじゃない。登場人物のほとんどが荒んでいる印象を受ける。
娘を殺された母親(ミルドレッド)は、進展しない捜査への不満を3枚の立て看板に掲示する。批判された警察署長に同情する者や、その広告を快く思わない人々によって、ミルドレッドは孤立していく。
怒りが頂点に達したミルドレッドはとんでもない行為をしてしまう。
もう一人の主役というべき暴力警察官ディクソン。彼は本当にどうしようもない奴。けれど、署長の手紙と、自分が傷つけた男の優しさに触れて改心する。
ミルドレッドは元夫の若い恋人の言葉から、「怒りが新たな怒りを生む」ということに気づかされる。怒りからは何も生まれない。人と人が分かりあうためには、相手に寄り添う気持ちがなければならない。怒りより優しさが人を変えていくのだ。多分、この映画はこういうことをいいたかったのだろう。
署長の存在はよくわからなかったけれど、彼には病気に対する怒りがあったのかもしれない。彼の怒りは、ああいう形で爆発させるしかなかったのかもしれないけれど、ちょっとなあと思ってしまう。
(2017年 イギリス・アメリカ映画 監督マーティン・マクドナー)
by mint-de | 2018-02-02 14:32 | シネマ(あ~そ) | Trackback

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